| 2007年5月7日 第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 |
日本国憲法の改正手続きに関する法律案
公述人
植村 敏満 社団法人日本青年会議所九州地区協議会会長
清田 信治 福岡県議会議員
梁井 迪子 西日本工業大学理事、女性と教育の未来を考える会代表
石村 善治 福岡大学名誉教授
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国民投票法を契機に、日本に誇りを持ち、日本を愛する、
自国の自国民による自国民のための憲法改正を望む
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社団法人日本青年会議所九州地区協議会会長 植村 敏満
公述人・植村 敏満・社団法人日本青年会議所九州地区協議会会長
私が所属しております日本青年会議所は、全国で20歳から40歳までのメンバー約4万人が明るい豊かな社会の実現を目指し日々活動し、市民意識変革運動を展開いたしております。また、私が所属をしております九州地区協議会には77の青年会議所がございまして、約4800名のメンバーの皆さまとそれぞれの地域におきましてまちづくり・人づくりの事業を展開をいたしておるところでございます。
日本青年会議所内におきましても、本法案に関する意識は高く、私どもといたしましても日本国憲法JC草案を独自に作成させていただき、改憲に関する意見も出させていただいておるところでございます。また、改憲に関しましては賛成の立場を取らせていただいている、そんな団体でございます。
日々活動をいたしております市民の皆さまと同じ目線である私ども青年会議所、その1人のメンバーとして本日はご意見をさせていただければと思っております。
さて、本日ご意見させていただく国民投票法案でありますが、日本国憲法第96条に記されているとおり、憲法改正のためには不可欠な手続法であるという観点から述べるならば、至極当然のことと考えておる次第であります。一部には、国民投票法案イコール平和憲法改憲という議論がなされておりますが、議会制民主主義を取る日本国でありますので、改憲の議論は、市民の代表であり、かつ民意を国政の場で反映していただいておる代議士の先生にお任せするべきであると考えておる次第であります。そして、その国会の意見を受け、国民が判断し、主権を行使するのがこの国民投票法であると認識しておるところでございます。私といたしましては、本法案に関しましては、与党提出の修正案に賛成の立場を取っておる市民の一人でございます。
本法案の論点に関しましては多数あろうかというふうに思いますけれども、本日は、五つの論点に関して意見を述べさせていただければと思っております。
まず第1点目といたしまして、国民投票の対象でございます。
先ほど述べましたとおり、わが日本国は議会制民主主義、代議制を取っておるわけでございます。本法案に関しまして一部民主党案に国政上重要な案件に関しましても国民投票にしてはどうかという提案がございましたが、それに関しましては国民の代表である代議士に任せるべきで、憲法改正などの国民に問うべき案件に関してのみ国民投票によってぜひを問うことが当然のことと考えておる次第であります。
続きまして2点目でございますが、投票権者の範囲について述べさせていただきます。
国民投票法案の本則によりますと、18歳以上と定義づけがなされております。これは、現行の公職選挙法や民法などをかんがみまして投票権は20歳以上となっている点に矛盾をいたすわけでございますが、今回の国民投票法に関しましては、附則として関連法案整備まで20歳以上とすると記載されていますので、その点に関しましてはこの矛盾点をクリアできるのではないかと考えております。
また、世界各国の選挙権を有する年齢を見ていきますと、約8割が18歳であるという現状もございます。いまの日本国の社会情勢を見ていきましても、18歳以上の国民に責任と権利を与え、日本国の国民として投票意識を18歳から醸成していくことも今後国づくりのなかで必要なことではないかと感じております。
よって、本案件成立と同時に公選法、民法など関連する法案についても広く議論を行い、変えるべき法案はすぐにでも法整備に取り掛かるべきであると考えております。
次に、最低投票率に関して意見を述べさせていただきたいというふうに思います。
投票率の下限を設けて最低投票率を設定しようという議論があるわけでありますが、最低投票率に関しては現憲法96条には記載されていないわけでありますので、現憲法を守るという観点からも必要ないのではないかと考えておる次第であります。
また、最低投票率を設けることによる一番のデメリットとして考えられる点に関しましては、憲法改正反対派のボイコット運動というものが考えられるのではないかというふうに思っております。白票並びに棄権についてもそれは民意の表れであるという観点から考えていきますならば、憲法改正という国民にとって非常に重要な主権行使を投票というその投票数のみで測るのはどうかというふうに考えております。また、世界各国の状況を見ましても、最低投票率を設定している国はわずかであることは皆さま方周知のとおりかと思っております。
次に、公務員、教員の地位利用による国民投票運動の禁止という部分につきまして意見を述べさせていただきます。
一国民という視点から考えるならば、公務員や教師といえどもあらゆる運動に対して制限はできないという考えもあるというふうに思いますが、公務員の役割については憲法第15条2項に、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とすでに憲法に記載をされているわけであります。特定の思想を持つ団体や組合等の力をもって国民あるいは生徒や学生に影響を与えることも危惧されるところであるというふうに思いますので、こちらに関しましてはやはり禁止をすべきではないかと、このように考えておる次第であります。
続きまして、広報のあり方、また組織的買収に関する件につきましてご意見をさせていただきます。
国民投票に至るまでには、国民の代表者が議論する代議の場である国会、この場において十分な議論がなされているはずであります。しかし、いまの現状をかんがみますと、国会での議論の内容とポイントを客観的な視点で国民に対して広報しているかどうかというと、そうではないように一市民として感じるわけであります。やはりこの国民投票という、本当に国民一人ひとりに問うなかでは、この広報手段についてはぜひ国会の場でさらに議論をいただきまして、より広く国民一人ひとりにこの情報が届くような、そういう施策をぜひお願いしてまいりたいと感じておるところであります。
また、マスメディアに対しても私は規制をすべきではないかというふうに感じておる一人であります。なぜならば、国民の皆さま方はマスメディアからもたらされるある意味一方的な情報や例えば新聞の社説など、そういったものがすべて正しいものとして理解をしてしまう、そういった可能性もあるのではないかというふうに感じておる一人でございます。そういう観点からかんがみていきますと、客観的に判断できる内容の報道でなければ正確な判断ができかねると考えておるわけであります。
また、公選法にあるように、組織的買収に関しましても国民投票法において法整備による規制が不可欠であると感じております。各部において法規制による罰則を定義しなければ正確な民意を測ることはできないのではないかというふうに感じておる次第であります。
まだまだ論点はいろいろとあろうかというふうに思いますけれども、私、この青年会議所という立場から一国民として、五つの点について意見を述べさせていただいたところであります。
戦後62年たったいまでも、日本国憲法公布60年たったいまでも、GHQ占領政策のなかで公布された憲法であるということを忘れてはならない一人であります。この国民投票法というきっかけから、国民一人ひとりが日本に誇りを持ち、この国を愛することができるような、自国の自国民による自国民のための憲法制定を望んでおる一人であります。それが主権を持つ自立国家、この日本国の戦後レジームからの脱却へつながると確信をいたすところであります。
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国民投票運動は、正しく民意を反映し、保障されるもの
公務員の政治的行為について制限規定は、適用除外が妥当
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福岡県議会議員 清田 信治
公述人・清田 信治・福岡県議会議員
初めに、与党と民主党の修正協議が決裂したからといって衆議院本会議で採決を強行していいものなのか、一政権の政治的思惑に左右されてはならない重要法案、それが国民投票法案である。
冒頭、思いを凝縮し、指摘させてもらいながら、憲法改正手続を定める国民投票法案は参議院で審議、未整備だった国民投票法も早ければ5月11日に成立する見通しとのシナリオが報道されたことに対して、この公聴会の意義は参議院で十分審議を尽くすことにあり、そのために公聴会がある。その公述の機会を設けていただいたことに心から感謝しています。
たかが手続法案、されど手続法案、いま国会の論議はこの二つに分かれています。それはなぜか。論議は憲法の中身ではなく単なる技術的な手続法案にすぎないとの考え方と、一方、将来なされるであろう憲法改正、国のあり方を決める重要な意義を持つ改憲への一里塚との考え方に分かれているからです。憲法改正の世論結果は数多く出ていますが、国民心理としてこの世論を分析されたことはおありでしょうか。
私は、この法律が、国会が発議する憲法改正案の賛否を主権者の国民に問い掛ける極めて重要な法案であるとの強い認識から、民意を酌み取り、順序を間違えることなく、公正、中立、公平、平等の制度になることを強く望みます。
しかし、残念ながら、今回の国民投票法案は、改憲派からも護憲派からも加憲派からも問題点の指摘が相次ぎ、見切り発車の感あり、生煮えと受け止めてしまうのは、合理性を疑問視する規制基準と制度の不備、附則の多さからではないでしょうか。
以下、問題点、改善点の提言です。
基本は、国民一人ひとりの意識が的確に反映される制度に、その精度を高めることにあります。
1点目は、国民投票運動が正しく民意を反映し、保障されるものでなくてはならないという点です。そのために、公務員への規制の適用を除外すべきです。
いま、法治国家と安全神話が崩れている現実があります。私の住む町、久留米も例外ではなく、治安にベストを尽くすが、ワーストの町と呼ばざるを得ません。いまも暴力団の内部抗争・発砲・爆破事件で、昨年5月以来、24時間、組事務所周辺の住民は警察官に守られています。
そこには、公務員や自営業など職種の区別なく、男女の別なく、子ども、大人の年齢区別なく、すべての市民が暴力追放にイエスかノーかという市民運動の現実があり、その成功は、すべての市民の声が反映するかがかぎとなっています。この運動を規制する人は誰一人としていません。
まさに国民投票法案も、憲法改正にイエスか、ノーかという国民運動、国民の声がいかに反映されるかが憲法改正の賛否のかぎとなります。いま、私たちの町、久留米が行っている運動と全く同じ中身です。つまり、憲法を変えるかどうかは国民が決める問題、国民の選択が行方を左右する、その明確な意識を持った国民投票法案でなければならない。そのために、選挙と同様に、公務員法上の政治活動の規制という選挙法規に関する憲法上の原則が国民投票にも当てはめられた場合、勤務時間外に一市民としての投票運動ができないことは排除しなければなりません。
第9条問題など、マスコミ報道で先行される内容のぜひを問う世論調査や市民運動などが、現時点では運動の対象が存在しないため規制を受けませんが、憲法改正案が発議されたら規制される。しかも、公務員と教育者だけが規制されるおかしさが生まれる。基本的人権が連続維持できなくなる。つまり、人権の否定にもつながります。ましてや、職種によって人格権の否定にすらつながりかねません。政府案にはその問題が含まれていると思います。自由な論議をすることの制限はしてはいけません。だからこそ、公務員の政治的行為について制限規定の適用を除外することが妥当だと考えます。
むしろ、広報活動を歓迎すべきではないでしょうか。選挙と国民投票は、投票という行動において同一性であっても、内容は、元々、間接民主主義の代弁者として議員を選ぶ公職選挙と直接民主主義としての憲法改正に関する国民投票の趣旨は全く違います。
憲法遵守を宣誓している公務員、憲法問題を公正、中立に提起し論議している教育現場でこそ活発に意見表明や運動が起きることが将来にわたって国の健全な発展につながる、そう考えます。
2つ目は、そのためにも、報道機関に対する規制のあり方についてです。
メディアの影響力が大きいことは、2005年9月11日の衆議院選挙でも明らかになっています。選挙戦術とメディアの強い影響力を実感したところです。1年後の復党問題など、国民は裏切られたとの思いを持つ人も少なくありませんでした。
本日、フランスではサルコジ大統領が誕生しましたが、そのフランスにおいてEU批准を行う国民投票にあって、採択の1年後に実施され、70%という高い投票率であったことを加味すると、周知期間のさらなる延長を考慮することは有効であると考えます。
3点目は、周知期間の延長と連動した報道機関の規制のあり方、緩和についてです。
法案105条で、何人も国民投票の14日前から投票日までは広告放送をすることができない条文になりましたが、国政選挙においてさえ投票日の放送しか規制されていません。国の根幹を決める憲法改正論議は、投票日直前が最も活発な論議となると予想されます。この時期の表現の自由な活動を抑制することにならないか、憲法に抵触しないか、さらに議論を深める必要があると考えます。
4点目は、国民投票の対象と投票権年齢に付随した問題についてです。
一つは、政府案では、あくまで日本国憲法第96条の実施法で、憲法改正の国民投票のみを対象とするという点です。しかし、憲法改正の対象となる問題について、第96条の周辺に位置すると考えられることには、必要な措置を講ずる、検討という附則が設けられています。いわゆる問題の先送りと指摘される、憲法改正を要する問題及び憲法改正の対象となり得る問題についての国民投票制度に関し、その意義及び必要性の有無について必要な措置を講じるという内容です。この附則を外すために、民主党が修正案で出している統治機構に関する問題、生命倫理に関する問題、その他国民投票の対象となる問題として別に法律で定める問題などを参議院で十分に審議する価値があると思うのは私だけでしょうか。検討を附則したのではなく、検討不足とやゆされても仕方ないのではないでしょうか。審議を尽くすなかでメディアへの規制が随分と改善されたのと同様、国民投票法案成立過程での説明責任を果たすことにつながると考えます。
もう1点が、投票権年齢に付随した国民投票法案の周辺問題です。
今後、国民投票法が成立したと仮定したならば、公布の日から施行されるまでの間、改正が必要な法案が官僚主導の法案誕生とならないのか心配です。法律を改正すると、それまであったすべての法律を新しい法律のなかに吸収合併しなければならないという思いが行政には強く、官僚にしかできない部分と自負があるのも現実です。代表的な民法などの18歳、20歳問題など、30以上の法律改正が必要と聞き及んでいます。既存の法律と改正案との整合性を逐一チェックする主導権も、法制局ではなく、民意が反映できる仕組みをつくるべきです。そうしなければ、法律が国民のアイデンティティーを二分する可能性すら18歳、20歳問題にはあります。それが国民投票法案の周辺問題です。
問題のぜひを問う時に用いられる手法、パブリックコメント(意見公募手続き)、パブリックインボルブメント(計画作成手続きへの国民・市民参加)も取り入れるのも一考と考えます。それが、国会が準備したのではなく、国民のオーダーメードの法律になります。そのことで憲法改正の中身のぜひを問う国民意識も高まります。
最後に、期日前投票と最低投票率問題に関しての提言です。
国民投票について、投票権や一人一票、立会人を置くなど、選挙を参考にした国民投票法案になっているものの、選挙で改善された投票方法、期日前投票論議が全く起きませんでした。選挙と国民投票の中身の違いなのか。期日前投票のぜひとその根拠を参議院で明らかにしていただきたい。
さらに、最低投票率問題についてです。
近年続く選挙での低投票率は、国民という主権者の国家経営に関する委任状と取るのか、政治への無関心、国家への不信、あきらめと取るのか、見方が分かれるところです。この低投票率が最低投票率50%論議の生まれた一因だと思います。法律案には定めなくても、政策目標として投票率を決め、実現に向け努力するよう別途定めるなど、国民の注目が集まる制度設計、設計強化をすることも検討の価値があると。私も選挙で低投票率に悩む立場からの提言です。
以上、参議院への期待を込め、問題点、改善点の指摘と提言は、二院制としての参議院の本領発揮、その思いからとどうぞご了承ください。基本的に、憲法は本来、国家の権力濫用を制限し、国民の人権を保障するという立憲主義の考えが根底にある地方議員からの清田信治の公述を終わります。
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反対、賛成と思ったら投票に行くべきで、最低投票率は決めなくてよい
国民投票は憲法改正に限り、その他の重要法案は国会に委託すべき
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西日本工業大学理事、女性と教育の未来を考える会代表 梁井 迪子
公述人・梁井 迪子・西日本工業大学理事、女性と教育の未来を考える会代表
初めに、私の立場を述べさせていただきたいと思います。
私は、大学で児童心理学を専攻し、そのなかでたくさんのお母さんたち、母親たちと出会ってまいりました。子育てにはもちろん父親や周辺の方々の力が大切ですが、何よりも母親が母親として、また一人の女性として希望を持ち、自信を持って子どもと向き合っていけることが大切だと痛感しました。そんな思いから私は女性学の方へ進んでいきまして、福岡市の女性センターの館長を10年近く務めました。1999年に、男女共同参画社会基本法成立を前にして私は退官いたしましたけれど、いまもそのころの仲間たちと女性の生き方、それから教育のあり方について学び合い語り合っています。そのなかで私たちは、教育基本法の問題、それから女性の共同参画の遅れている現実、それから働き方の問題、そういうことを、本当に私たちは法律ということがどんなに大事かということをみんなで考えております。
本日は、法律の専門家でもないし政治家でもないし、どうだろうかと思ってちょっとちゅうちょをしましたのですが、公述人のうち3人の方が男性だから、あなたが出ないと女性がいなくなるとおっしゃいましたので、あっ、これは大変だと思って、女性として参画させていただくことにいたしました。
個人的には、私は振り返りますと、大学に入学したのが1955年、いわゆる55年体制が始まった時でした。護憲と改憲論争が、私は九州大学ですが、本当にそういう論争の華やかな大学でして、もう非常にそういう論争が盛んなときでした。そういうなかで学び、大学卒業をしたのが1959年、安保改定阻止の国民会議が結成された時でした。たくさんの女性の団体もこの国民会議に参加しております。その後、大学院、大学教官として過ごしたのは、大学中が揺れ動いた安保阻止の学生運動の真っただなかでした。
いま、こうして憲法改正のための国民投票法案について考える場に加えていただきましたこと、この法案が集団的自衛権、すなわち世界のなかでわが国のあり方の根幹にかかわっていることを思いますと、何か非常に自分の人生と重ねて運命的なものを感じ、ここはしっかり考えて発言しないといけないと思いまして、友人たちとも集まっていろいろ話してまいりました。
そこで、まず憲法についてですが、私たち一般の市民は市民感覚として、何か憲法は棚の上にあって私たちの日常生活から遠いもの、絶対的な権威の象徴で、縛られているのは自分たちだというように考えているように思います。学生とずっと出会ってまいりましたが、何か学生と憲法のことについて話し合ったというような記憶があまりないですね。そうではないということ、皆さんがこのたび言われていますように、憲法は政府、国会が国民の意思を超えて勝手に動くことができないように、基本的な国のルールを明確にし、縛りをつけておく、そういう役割を持っているものだということですね。
いま出されている改正法案では、まず全国会議員の3分の2以上の賛同を得た後に、国民投票で過半数の賛同が必要となっています。これは考えただけでも非常に厳しい条件です。こんな可能性の低い法案を作るよりも、いまのままでも、集団的自衛権を含めていろいろなことを上手になし崩しに変えてきたのだからこのままでもいいのではないかという考え方、それから、もうとにかくこの憲法改正、憲法を扱うということはいかぬと頭から決めている人たち、そういうような意見を周りでたくさん聞きます。
しかし、この憲法改正国民投票法案をきちんと整えて私たち国民のものに、きちんと国民のものとして国民が手に持っているということを意識すること、国民主権、主権在民を明確にすること、これが、わが国日本の主権者は私たちですから、私たちの責務であると思っています。
法案の内容の一つひとつについては、与党の案、それから民主党の案、いろいろ資料をいただきまして検討いたしました。国会で3分の2以上の賛同を得た後、60日から180日以内で周知徹底させてから国民投票にかける。そして、過半数が必要であるということですが、有権者は国の将来を決めるのですから、先ほども皆さんもおっしゃっていましたが、先進諸国と同じようにやはり18歳以上、国の未来のことですから、先進諸国もほとんど18歳以上になっておりますし、18歳以上とすることが大事だと思います。
有権者のなかで公務員の広報活動だとかいうようなこともありましたが、私は、公務員も一国民ですから、18歳以上が有権者になると同じように、公務員も有権者であり、公務員も同じように自分の意見をきちっと述べる場をもっと与えてもらえるようにしないといけないと思っています。
そういう状況の後で、最低投票率、これは決めない方がいいと思います。決めることで出てくるボイコット運動その他、私は非常におかしいと思っています。必要だ、反対だと思ったら、賛成だと思ったら、やっぱり周りの人を誘って選挙に行くべきだと思います。それをしなかったら、私たちのいわゆる民主主義、国民主権ということが覆されるのではないかと、危うくなるのではないかと思っております。しかし、そのためには本当に、皆さんもおっしゃっていましたように、広報は丁寧に、丁寧に、大切に上手にいろんな媒体を使ってやっていただきたいと思います。
それから、特にこの期間だけ、たった60日から180日以内だけで、さあ国民投票ですよというのではなくて、国民投票の意味、憲法の意味、そういうことをもっと教育のなかからきちんと徹底して教えておくということが前提になると思います。それをした上で広報をきちんと、メディアリテラシーじゃないですけれど、整理していける力を18歳から上の人、それから高齢者の70歳から上の人も持てるように、そういう広報手段を考えていただきたいと思います。
それから、テレビ、ラジオだけでなくて、新聞はもうしないでいいというような意見も出ていたように存じておりますが、私は、テレビはもう本当に怖いと思っております。非常に、画面の映像の選び方でどんなにでも人の気持ちは動かせます。ですから、私も実は少しそういう仕事にもかかわったことがございますけれど、やはり新聞は不可欠だと思います。新聞できちんと文字を通していろんな意見を私たちは聞かせていただきたい、読ませていただきたい。そして一過性に流れるのではなくて、繰り返し見ることができる、そういう広報手段を徹底していただきたいと思います。
それから、国民投票の対象についてですが、国民投票の対象は憲法改正に限っていただきたいと思います。その他の問題は国会に委託したいと思います。そのために私たち国民は国会議員をわれわれの代表、われわれの代理人として選んでいるのですから当然だと思います。
今回の法案、これは余分なことかもしれませんが、今回の法案作成は憲法9条と絡めて論じられています。憲法記念日の話を見ていても、全くこれを一緒にして、国民投票をすればイコール憲法9条が変わるというような、そういう形での報道のあり方を非常に私は危険だと思っております。与えられた憲法を自主憲法にする、その時、戦争放棄、戦力不保持の平和憲法と国際貢献や集団的自衛権をどうするか、本当に難しい問題だと思っています。
ご存じのように、湾岸戦争の後にクウェート政府が出した感謝のメッセージのなかに、130億ドルも出し、機雷掃海などをやっている日本の名前もなかった、顔が見える国際貢献でないと意味がないというような論争もありました。
それから、私はまた大分前に朝鮮戦争があって、しばらくして韓国に行きました時に、韓国で国連の墓地に行った時に非常に胸が詰まる思いをしました。参加した国連軍の外国の旗がずらっと国連墓地に立っていますね。日本の旗はありません。もちろん、戦後の日本の状況ですから、その戦争に参加できなかったこともよく分かります。後方支援もしにくかったことも分かります。しかし、私たち日本は、その間にできない、できないと言いながら、実は朝鮮特需で日本の経済発展の土台はその時にできたのですね。やっぱりいま、韓国の方たちと何か心のどこかにわだかまりを持っていかないといけないことのなかに、私はやっぱりこういうことをもう少しきちんと、顔の見える国際貢献、そして謝って、戦争の責任も含めて、もう少しきちんとしないといけないと思います。
ドイツは憲法改正を戦後40回以上もしながら、いかにして周辺の国々の理解を得るかということの努力をしてきたと聞きました。ベルリンなどに行っても、皆さんご存じのように、ホロコーストの人たちの祈念のお墓がとても町の真んなかにたくさん置いてあって、そこが私はもう本当に、ああこういう思いをきちんと表すことが大事なのだなということを非常に思います。
そういう意味で、私はやっぱり国際貢献のあり方ということは、本当にもう少しきちんと考えないといけない、国連のあり方も含めて、国連のなかで発言力を持つということも、やっぱり大事ではないかと思っております。
その後も、北朝鮮の核やミサイルをめぐって日米同盟のあり方、集団的自衛権が問題になっております。憲法改正はこれを変えることと同義語のように唱えられています。
自分の家族や地域を大切にし、守りたいと思うように、自分の国も大切にし、愛し守っていきたいというのはみんなの共通の思いだと思います。特に女性たち、そして私も母親の一人として、また、おばあちゃんの一人として、息子や孫を戦いから守りたいと思います。戦争体験を持つ最後の一人として、ここは本当に考えどころ、正念場だと思っております。
9条の2項については、本当にもっと、もっと国民的な議論をしていきたい。そしてきちんと、もう少し条件をつけて考えていかないと、いけないと思っています。その上で、国際貢献や集団的な自衛権の問題を私たちは国民投票にはかって、国民の総意をはかっていただきたいと思っています。
憲法改正まで、国民投票法案が成立して憲法改正案が出されるまでの3年間、具体的な条文だとかについて慎重審議をしていきたいし、国民としてそれをきちんと考え、学び、発言していくのは私たち自身の責任であると痛感しております。
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欠陥の多い憲法改正手続き法案の提出は、
憲法96条の国民主権の原理、憲法改正権の行使に違反
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福岡大学名誉教授 石村 善治
公述人・石村 善治・福岡大学名誉教授
私は、福岡大学の名誉教授として、福岡大学に40年の間、憲法と行政法の研究と講義をしてまいりました。その後、長崎県立大学の学長をしておりますが、専門は専ら憲法あるいは憲法のなかの言論の自由という問題でございます。今日はこういう場で公述できますことを喜んでおります。
私は、日本国憲法の改正は国民主権の原理に基づくべきであること、それから、今回の参議院に上程されている日本国憲法の改正手続に関する法律案は、国民主権の原理に適合しているかどうかということを精査することにすべきだというふうに思っております。
まず初めに、今回の改憲手続法案は、極めて早急に参議院に提出され、参議院の審議が進められています。かなり多くの国民は、この改憲手続法案の提出が日本国憲法第9条の平和原則、とりわけ第2項の戦力の不保持と交戦権の否認を削除するための改憲に直通しているのではないかと危ぶみ、そのことに大きな危惧を抱いていると思います。
このような危惧は、今回の改憲手続法案提出に当たって、政権与党の改憲方針がまずあって、それに従う形で衆議院、参議院の審議がなされ、次いで国民の意思はそれに従わされているという印象を多くの国民が持っているからではないでしょうか。この政権与党から議会を経て国民という政治の流れは、国民が憲法を改正するという、憲法学的に呼ばれている憲法改正権力の力の方向とは全く逆の方向を向いていると言わざるを得ません。
本論に入ります。
まず第1に、日本国憲法第96条による改正は、国民主権の行使としての憲法上の行為であることを確認し、強調しなければなりません。
日本国憲法第96条は、憲法改正の要件として国民への提案、その過半数の賛成、国民の名による天皇の公布を定めています。第96条第1項及び第2項で用いられている国民という文言は、憲法改正が憲法制定と並ぶ国民主権の基本的な内容であることを示しています。憲法改正は、憲法研究者の言う制度化された憲法制定権力の行使であり、憲法改正の諸般の手続は、国民の制度化された憲法制定権力、国民の憲法改正権力に最大限に沿うべきもので、それに反するものであってはなりません。
憲法が憲法改正の発議権をゆだねている国会は、国民が憲法改正の意向を示しているかどうかを十分に調査した上で改憲手続法を制定すべきか否かを判断しなければなりません。改憲手続法案の国会提出、審議もそのような十分な国民の意向を調査判断した後、行われるべきであると考えます。
このことは、1953年、当時の自治庁が、第3次選挙制度調査会答申に基づき日本国憲法改正国民投票法案全61条の法案を提出しましたが、政府は、この法案を改正即時断行と誤解されるおそれありとして国会提出を見合わせたことがありました。これは、私は、賢明な政策であり、国民の憲法改正権力の趣旨に沿うものであったと考えています。
次に、参議院に送付されている改憲手続法案について、大きく5点に絞って意見を申し上げます。
まず、[1]で、投票総数の過半数をもって国民の承認としたこと、法案の126条です。さきの与党案要綱、2006年の5月25日では、有効投票数の過半数をもって国民の承認としていましたが、今回の案では、実質的に有効投票数ともいうべき投票総数、賛成投票数と反対投票数の合計としています。しかし、私は、国民の憲法改正権の原則に基づき、有権者の過半数にすべきであると考えます。
憲法96条1項の「その過半数の賛成」にいう「その」を投票総数と仮に解釈するとしても、第2項は改めて、「天皇は、国民の名で、」という文言を使っている点を重視するならば、憲法改正の国民投票は有権者の過半数の賛成をもって国民の承認を得たと解すべきだと考えています。
[2]最低投票率の定めがありません。
今回の改憲手続法案には最低投票率の定めがなく、残念なことに、現在の日本の選挙の投票行動から見れば、法案賛成が有権者の2割あるいは3割に下がる、それがいわゆる民意とされる可能性を持っています。これは国民主権の行使、国民の憲法改正権の原則から望ましくないこととなります。そのような状況を避けるために最低投票率を定めるべきと考えています。
諸外国に例を見ても、憲法の改正について投票率を定める例は多く見られます。これは、ここにありませんけれども、様ざまな国が最低投票率を挙げ、さらに、近くの大韓民国憲法などでもそれはあるし、ロシアでもそれは定められています。
[3]国民投票運動に対する規制が広範であいまいなことを指摘いたします。
主権者たる国民は、同時に憲法改正の主体である国民ですけれども、憲法改正に関する事項について意見表明、伝達、討論などの言論活動に関しては原則的に自由でなければなりません。それにもかかわらず、この法案では多くの規制が設けられています。
第1に、公務員の国民投票運動に対する規制が広範であります。公務員は、その地位にあるために特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用して、国民運動をすることができないという文言がありますが、この文言はかなりあいまいであります。公務員が憲法尊重擁護義務を負っておることは言うまでもありません。公務員は職務上憲法に忠実でなければならないわけですが、主権者たる国民の一人として、将来の憲法に対する意見表明の自由まで奪われることはないはずであります。
第2に、教育者の国民投票運動に対する規制も広範にわたっております。規制対象となる教育者は学校教育法に規定する学校の長及び教員を指しており、具体的には国公私立の小中高校、高専、大学、さらには盲学校、聾学校、養護学校、幼稚園に至る長と教員という極めて広範な国民であります。これら教育者に対して、教育上の地位にあるため特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用してという文言で、憲法改正に対する意見表明を広範囲に禁止しています。教育者は主権者としての言論の自由を持っていることは言うまでもありません。特に教育者は、教育の内容として憲法に関する知識、情報を学生、生徒、児童に伝える責任を持っています。当面する憲法改正の諸問題についても同じであるはずです。その意味からも、この条項は教育活動に対する不当な侵害となる危険性を多分に持っています。罰則は設けられていませんが、言論活動に対する威嚇(いかく)効果、萎縮効果が大きいことは否定できません。
さらに、第3に、一般国民の国民投票運動に対する規制が多いことであります。組織的多数人買収及び利害誘導罪を設けることによって、具体的には労働組合や市民団体や個々の市民運動を極めてあいまいな要件で取り締まることを可能にしています。条文の、もう差しおきますけれども、明示して勧誘するとか、影響を与えるに足りる供応接待とか、その他の言葉が罰則つきで使われております。これまた、国民投票運動に対する威嚇効果、萎縮効果としては極めて大きいと言わなければなりません。元々、憲法改正案という政策の賛否を問う国民投票運動に対して、議会の特定議員を選ぶための公職選挙法の活動制限規定や類似の規定が適用されること自体極めて奇妙なことですし、さらに、いかなる場合が買収、利益誘導に当たるのかも明確ではありません。
ここで、一つだけ現地の状況を申し上げますと、住民の署名運動について、この福岡市では2005年4月、博多湾人工島住民条例制定運動という住民署名運動がありました。8万4000人の署名が集まりましたが、この署名運動は地方自治法の下での住民運動で、この住民運動に関しては地方自治法74条の4によって、署名運動に対する妨害威迫活動が処罰の対象となり、多くの住民は署名運動、住民の意見表明について自由な運動を行った経験を持っています。おそらく、この国民投票法案の厳しい規制を見る福岡市民にとっては、この状況は奇異に映っているに違いありません。
[4]放送や新聞などの情報活動に対する優遇措置について申し上げます。
第1に、放送や新聞による表現活動に関して直接の規制が除かれたことは望ましいと思います。しかし、本法案では放送、新聞による無料広告が国民投票広報協議会の関与の下で政党及び団体に保障されています。国民投票広報協議会は元々各議院会派の比例的構成とされており、実質的には賛成、反対の双方を同一に取り扱うことになるのかどうか必ずしも明らかではありません。
第2に、放送の有料広告が投票前14日までは自由に行われるということになっています。一般的に言論の自由について言うならば、各種の言論活動が自由であることが必要でありますけれども、しかし現代の高度情報化社会という巨大なマスメディアを持つ社会にあっては、資本力や財力による言論操作の可能性が決定的に大になっています。その点から見ても、巨大マスコミを通じての宣伝活動と一般国民の言論活動とを形式的に同等に自由に扱うことは正しくないと思います。この両者を比較するならば、一般国民の表現の自由を自由にし、そしてマスメディアの自由についてはある程度の規制を加えるべきだというふうに思います。
第5の立法の不作為論について申し上げます。改憲手続法を制定しなかったことを指して立法の不作為だとする見解が見られますけれども、立法の不作為の問題になるというのは、これは国民の具体的な人権ないし、権利の侵害が明白に、そして現存する場合であるわけです。現在のこの憲法改正手続については、そういう明白、現在の危険というのは存在しておりません。そういう意味から、立法不作為論が成り立つ根拠も理由もないと思っております。
終わりに、このような早急に、しかも私から見れば欠陥の多い憲法改正案の提出は、国民の憲法改正権を、内閣あるいは国会が国民の憲法改正権を無視する、あるいは簒(さん)奪していることにならないのかと危惧しております。私は、到底この法案のままでは憲法96条の国民主権の原理、国民の憲法改正権の行使に違反するものと言わざるを得ません。
私は、以上の理由から、本法案を廃案にして、新たな調査等に打ち込んでいただきたいと思います。
水岡 俊一・参議院議員
今日は4人の公述人の方々、植村さん、清田さん、梁井さん、石村さん、貴重なご意見を本当にありがとうございました。
早速質問に入らせていただきます。まず、植村公述人にお伺いをしたいと思います。
植村さん、先ほど公務員の運動規制についてお話がありまして、先ほどの質疑でも多少出てまいりましたが、植村さんは、明確に禁止をすべきではないでしょうかと、こういうようなお話がありました。公務員は全体の奉仕者であって一部のためにあるのではないという、そういうお考えだというふうに承りましたが、私はそうかなというふうな立場でおります。
私、元々公務員、教員でありましたので、私を例に取って植村さんにちょっとお尋ねをするという形を取ってみると、例えば、公務員である水岡俊一が憲法修正について反対を唱えて街頭で叫んでいる、水岡俊一は1人の人間であって、だからこそ心の問題とか精神の自由はこれを侵してはならないという、日本国憲法にこう定めてあるじゃないですか、植村さん、なぜ駄目なのでしょう、こういうお尋ねをしてみたいと思うんですが、いかがでしょうか。
公述人・植村・社団法人日本青年会議所九州地区協議会会長
私が一番述べたい点につきましては、投票権者の年齢の問題を一つ例に取って挙げさせていただきたいというふうに思います。
18歳以上となりますと、先ほども公述人の方からもご発言ありましたとおり、例えば大学の学生でも18歳以上で、その権利はすでにあるわけであります。その方々が、もし教員の方が反対の立場で、それを強く信念としてお持ちで、それを教育の現場で自分の主観的なものをこの内容に絡めて出されることに大変危惧をするわけであります。そういった教育が本当に正しい教育かどうか。まさしく、例えば先ほど教員というお話がございましたので、教師という立場は教わる側に対しまして公平・中立なものを教えていくべき、そういう地位のある方ではないかなと私は思っております。
そういう観点から考えますと、やはり、そういう権限をお持ちの方々に関しましては規制をしていくべきではないかなというふうに感じておるわけでございます。そのために公務員、まあ公務員の皆さま方すべてになりますけれども、この言い方をしますと、やはりここに関しましては、規制をしていきながら、正しいもの、また中立的なものをすべての権利を有する皆さま方に発していくことが、この国民投票法、また憲法改正に関しては非常に重要なことではないかと感じておるために、今回こういった形で意見をさせていただいております。
水岡 俊一・議員
そういうなかにあって、公務員の立場はいろいろあるんですけれども、植村さんとしては、じゃ公務員はある程度、心の問題とか精神の自由、思想、信条の自由、そういうものは制限される部分があるんだというふうにお考えと見ていいんでしょうか、お伺いします。
公述人・植村・社団法人日本青年会議所九州地区協議会会長
先ほど公述のなかで述べさせていただきましたとおり、公務員の役割につきましては憲法第15条第2項に記されております、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」。これを、憲法を守っていくという観点から考えますならば、そこは多少の制限があってもしかるべきじゃないかというふうに考えておる一人であります。
水岡 俊一・議員
憲法第99条には憲法を尊重擁護していく義務が公務員、国会議員等に課せられているという立場からして、公務員が街頭で投票を扇動するような行為は、いかがかと思いますが、憲法ってこんなに大切なことなのですよと、こういうすばらしいところがあるんですよということを街頭で言うということは十分に考えられるんだろうと思います。そういった辺りでこの問題を、白黒はっきりつけるというのは非常に難しい問題だろうというふうに私は思っています。
私、なぜ先ほど例え話をしたかといいますと、実は、内閣総理大臣である小泉純一郎が、参拝しているが、小泉純一郎も1人の人間だ、心の問題、精神の自由はこれを侵してはならないというのは日本国憲法でも認めていると、こういうふうに小泉さんは国会で発言をしたわけであります。こういった中身を見ると、やはり個人の自由とか精神の自由、思想、信条の自由というのを、どういうふうに規定していくかというのは非常に難しい問題だと私は思ったから改めてお伺いをしたのですが、その点についてはいかがでしょうか。
公述人・植村・社団法人日本青年会議所九州地区協議会会長
私も、主権者たる1人の国民の権利というものは必ず守られるべきであるというふうに感じておる1人であります。
本法案の内容をかんがみていきますと、そこに関しましてはやはり議論すべき点も残っておるのかなというふうに思います。私の先ほどの考えから申し上げるならば、例えばこの法案を通して憲法第15条第2項に記されている内容をぜひ先生方に論議をしていただきまして、ここがもしおかしいようであれば、ぜひ変えるべきではないかなというふうに思います。また、それをこの法案を通じて国民の皆さま方に問うていくべき、そんなこの96条ではないかというふうに感じておる1人であります。
水岡 俊一・議員
それでは、石村公述人にお伺いをしたいのですが、石村さんは先ほどのご意見のなかで改憲手続法という言葉を使われました。この法案はいわゆる国民投票法案という名前がついておりますが、石村さんが改憲手続法というふうにあえて呼ばれたというところについて何か思いがあれば聞かせていただきたいんですが。
公述人・石村・福岡大学名誉教授
ご案内のなかに日本国憲法の改正手続に関する法律案についてとあるんですね。これは、私はこれを要約した言葉で言えば改憲手続法案だというふうに思っております。
ご質問のご趣旨は、おそらく民主党の案のなかに一般的な国民投票法案も入れておるのじゃないかという、そういうご質問、そういうことを含めてのご質問なんでしょうか。
水岡 俊一・議員
そこまでは思ってないのですが、ただ、私、感じていることを言えば、国民投票法案を制定することに賛成ですかという世論調査と日本国憲法改正手続法案に賛成ですかという問い方とすれば、これ随分受け止め方が違うんではないかと思っていたのですね。そういう意味で、石村さんが改憲手続法とあえておっしゃったのにはそこに意味があるのかなというふうに感じたのが一番の思いです。
公述人・石村・福岡大学名誉教授
何度も言いますように、私は憲法改正というようなのは憲法制定と並ぶ国民の権力だということで、これはもう最大の尊重をしなくてはならない。だから、一体国民がいま憲法改正手続に入っていいのかどうかということをやっぱり一度国会は聴くべきではないかと、少なくともそういう機会を持つべきではないか。例えば、選挙のときの一つの争点として争うというようなことをやるべきではないか。ところが、そういうのも何にもなくてとにかく改正しましょうというのでは、これは国会がイニシアチブを取っているということになるのではないかという、そういう意味で、あえて改正手続法というところに力点を置いて言っているわけなんです。
水岡 俊一・議員
それでは、梁井公述人にお願いをしたいと思います。
梁井さんは、やはりこの法案というのは慎重審議をしていただきたい、それはまた国民、主権者たる国民の責任として十分に論議をしていかなきゃいけないという、こういうお話がありました。それで、私も、それは全く同感なんです。
ご意見を伺いたいのは、梁井さんとしてはこういった問題を国民に問うて、国民で十分な深まりのある論議がされるなかで進めていかなきゃいけないとすれば、60日から180日という日数は短過ぎるんじゃないでしょうか、というお話もありました。梁井さんとしてはどれくらいというのが、少し頭のなかにおありなのか、聞かせていただきたいと思うんですが、いかがでしょう。
公述人・梁井・西日本工業大学理事、女性と教育の未来を考える会代表
私は、よほど緊急なことというようなことは、この場合、憲法ですからないと思っているんですね。ですから、60日というのはあまりにも短いのではないかと思っています。最低180日ぐらい掛けて、何が問題点なのか、何を変えようとしているのか。3分の2まで、国会を通るまでに、国会を通して、私たちはその論議を見聞きすることができるわけですけれど、直接国民に周知して論点を整理していくには、やはりそのくらい掛かるのではないかと。まあ、180日あればいいかなと思ったり、その前に国会で審議されている間に私どもがどのくらい、また同じようなそれぞれの問題点をほかの人と共有しながら考えることができるか。これは国民の資質を問われるのかなと、考えております。
水岡 俊一・議員
これまでの国会、様ざまな国会審議のなかで法律案、いろんな法律が制定をされてきましたが、やはり長いものであれば2年近くも掛かって論議をされる、国会のなかで論議されるだけでもそれぐらいの時間が掛かっている法律があるということからして、私たちも本当に、もっともっと時間を十分に取りながらやっていかなきゃいけないんじゃないかなと、思っているところであります。
そこで、ちょっと観点を変えて、梁井さんにもう一つお伺いしたいんですが、先日の5月3日を迎えて制定60年が過ぎました。この60年間の間に結果的には発議はされてこなかったという事実がございます。これ、なぜ発議がされてこなかったのか。例えば、これは手続法がなかったからだ、ということをおっしゃる方もいらっしゃるし、いやそうじゃない、というふうにおっしゃる方もいらっしゃる。梁井さんとしては、その点についてはいかがお考えでしょうか。
公述人・梁井・西日本工業大学理事、女性と教育の未来を考える会代表
私は非常にずるいやり方をやってきたのではないかと思っています。やはり、国民のなかで、このまま中途半端なままに自衛隊が体質を変えていったりする、それから海外派遣がああいう形で、後方支援という形で、これから先どんどん問題が進展していくときにどうなるのだろうかと。それからまた、一方で、北朝鮮の問題だとか、テポドンが日本の上を通っていくときに私たちはどうしたらいいのだろうかとか、そういう日米安保の問題も含めて、もう非常に、やはり、この60年間のなかでも、いまほど新しい状況が加わってきた時はないと思います。それですから、一般の国民のなかに、市井(しせい)の本当に私たちの周りのおばさんでさえも、このままだったらどうなっていくか分からないねと。だから、やはりそういう話題が出ているときだからこそ、国民投票はするべきだと思っています。
だから、60年間なかったから、まだいっときほっといていいのじゃないかというのはおかしいし、何が何でもこの法案を頭から反対する、この法案の提出そのものを頭から反対する、9条を守るためにという方たち、まあこれは言い過ぎかもしれませんが、9条の1項、2項の戦争放棄というようなことが通らないと、初めから危惧していらっしゃるんじゃないかな、なんて皮肉に思ったりします。
私は、平和憲法はみんなのものだと思って、みんなが大事にしたいと思っていると思います。ただ、それをどのような形でやっていくかについては、まだまだちょっと急いではいけないなと思っています。
水岡 俊一・議員
清田公述人に最後にお伺いしたいのですが、先ほど公務員の運動の制限のことがございました。
私、国会審議のなかで、憲法第99条に、憲法を尊重して擁護していく義務が公務員にあるし、国会議員にもあるじゃないかという話をしたときに、国民にあるいは子どもたちにもっと憲法を尊重したり擁護していくという、そういう取組を私たちはしていなかったんじゃないのと。改正ということの方が先に出ちゃっていて、それをもっともっと国民のものとすることに私たちはもっと努力しなきゃいけないのじゃないか、という質問をしたことがあるんですが、その点については清田さん、どうでしょうか。
公述人・清田・福岡県議会議員
先ほどの植村公述人の関連の質問だと思うんですが、先ほど言った公務員の地位利用というのが、実は自分は投票行為依頼という部分の地位利用は禁止すべきという部分で述べたということを、まず誤解のないように言いながら、学校現場では、憲法論議について賛成、反対の材料を当然提供する、それは当たり前の憲法学習だと思うし、先生の考えを披露しながら皆さんの考えの未来の選択をする材料にする、これらも当然行われるべきだというふうに考えています。
水岡 俊一・議員
ありがとうございました。
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