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2006年11月9日 第165回国会 文教科学委員会
教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査
(いじめ問題に関する件・高等学校の履修科目不足に関する件)

未履修問題の本質は、今の大学入試制度
高校教育の基礎的学力を調べる共通資格試験の導入を

参議院議員 水岡 俊一 

水岡 俊一・参議院議員
 視察の報告あるいは大臣のご発言のなかにも、教員の子どもに対する観察力や指導力が乏しくなっているのではないか、こういう指摘がございます。
 私、実は教員をしておりました。中学校の教員でありましたが、かつて子どもたちと接したなかで本当につらい思い出があります。ある時、いじめ、あるいは家庭の問題がたくさんありまして、1人の女の子が不登校になりました。そして、その不登校の子どもといろいろ格闘をしたのですが、残念なことにその子どもは転校をしてしまいました。転校という形で、何らかの解決を図ろうとした子どもを、私は救えなかった。
 そういう意味で、私も含めて教員には、子どもに対する観察力、指導力、あるいは包容力といったものが乏しくなっているのではないかという指摘もございます。昨今の様ざまな問題の多くの原因がこういった教員の指導力の低下にあるのではないか、そうではなくて、学校、あるいは社会、そういったところに大きな問題があるのではないか、様ざまなご意見があります。大臣としてはその件に関してはどのようにお考えであるか、お聞かせをいただきたい。

伊吹 文明・文部科学大臣
 最初に、いま先生が教員時代のご経験をお話しになりましたけれども、大変謙虚な、自分を抑えたお話を、私、なさったと思います。先生のようなお気持ちで、他人を一方的に批判するのではなく、自分がまず反省をする、自分がしっかりと、自分を見詰めるという教師ばかりであれば、私は、教育の現場は、もっと良くなってくるのではないかと期待していることを最初に申し上げたいと思います。
 いろいろな事情があると思います。これは、教師の能力が落ちたのか、状況が変わってしまって、とても追いつかなくなっているのか、両方だと思います。つまり、携帯電話などがお互いの意思疎通の手段としてこれだけ使われ、テレビ、その他が、子どもの周りに押し寄せてくるという状況、そして核家族が進み、共働きで両親とも家になかなか戻れないなかで、子どもは孤立感を持っているということでしょうね。
 このような、いろいろな状況のなかで教師の人たちも、私どもの感じからいうと、昔は率直に言えば補習などは無条件にやってくれました。お礼だとか、そういうこともありませんでしたよ。土曜日も出てこいとか、日曜日もやろうとかという、そういう方もおられました。しかし、社会がずっと豊かな社会、悪く言うと豊穣のなかの精神の貧困のような、日本人みんな、あるいは近代国家で、みんながそういう流れに入っているわけですから、そのなかで教師や医師だけは別だというのは、これはなかなか難しいですよ。そういう面もあるでしょう。
 しかし、同時に、いろいろな重荷が教師に一方的に掛かってきているという面もありますよ。だからといって、仕方がないのだと言っていちゃ、これは解決方法になりませんから、私たちも、私たちでやれる分野の努力をする、教師の方も自分たちの使命を自覚してやってくださる、そこで子どもが救われるということじゃないでしょうか。

水岡 俊一・議員
 教員がいかにその子どもたちと向き合っていくのか、日々そのなかで力を蓄えていって、子どもたちをはぐくむという視点で頑張っていきたいと、多くの全国の仲間が思っていると信じております。
 今回、私も滝川市に参りまして、いろんな事情を聞かせていただきました。そういったなかで、女の子が自殺をせねばならなかった、あるいは自殺に行き着いてしまったという事件のなかで、何とかして、その子を救うセーフティーネットがなかったのか、どこかで、この子を救う網がなかったのかということを、派遣をされた委員全員が感じたのではないかと思います。
 そういった観点からすると、学校において、いま重要な点というのはどんな点があるのか、あるいは文科省として指導、助言をする際においてはどういうことを一番重要視されるのか、その点について大臣のお考えがあればお聞かせをいただきたいと思います。

伊吹・文部科学大臣
 この前も、北海道、それから福岡の事案がありまして、役人の諸君が最初調査に行ったわけです。どうも、先ほどやはり蓮舫先生がおっしゃっていたような、私もその報告を受けて感じを持ちました。それで小渕(優子大臣政務官)さんと池坊(保子副大臣)さんが改めて行かれたわけです。
 一番大切なことは、やはり兆候を早く見つけてあげるということなのです。ちょうど私、日曜日でしたか、民放に呼ばれて行きました時に、学校の先生と、それからいじめを受けた作家の方とおられて、いろいろお話をしてなるほどと思ったのは、やはり、いじめを受けている子どもにもプライドがあると言うのですよ。言いたくないというわけです。だけど、何となくいろいろなサインを送るのだと。
 例えばリストを切るとかですね、そういうサインを送ると。これを昔は、ご家庭とか地域社会とか、もちろん学校もそうですが、いろいろなウオッチをする場所があったわけです。
 ですから、これを見つけ出すかどうかは、蓮舫先生の言葉をかりれば、感度ということになるんだと思うのですが、やはり、この感度をみんなが磨くと、これしかもう方法はないわけです。
 それからもう一つは、その時、同じことをおっしゃったのは、学校にもプライドがあると言うのですよ。ですから、自分の学校あるいは自分のクラスで、いじめがあったということを外へ出したくないと。だけど、私は文科省の職員にも言っているのは、もう少し、教育委員会やなんかに人事権はないけれども、いじめだとか、あるいは困ったとかと言っていることを積極的に報告した人を評価、学校や教諭を評価してあげなさいと、それが少ない学校を評価すると、みんな隠すよ、ということを実は言っておるわけです。
 だから、隠さないことと早く見つけることと、この二つはもう私は一番大切なことだと思っております。

 子どもたちのサインを、見つけることがポイント

水岡 俊一・議員
 隠さないこと、そして早く見つけること、そのとおりだというふうに私も思います。
 そういったなかで、私も、また振り返ってみると、子どもたちがサインを出している。そのサインを見つけることができるのかできないのか、ここがポイントだというのは、まさにそのとおりだと思うのですね。
 実は、子どもたちと毎日学校で朝、多くの学校がショートのホームルームを持つと思います。朝、10分あるいは15分の間で、子どもたちをずっと眺めます。そのなかで、やはり必ずサインを出している子がいるんですね。しかし、プライドがありますから表立っては出しません。ぐっと唇をかみしめて下を向いている子、いつになくそわそわしている子、そういった子がいるのです。その子がおかしい、何か様子が変だ、ということを気づくんですよ。それでも、私は中学校でしたから、気づいたその後、もう2、3分もしないうちに次の授業が始まるんです。教科担任制です。ほかの先生が自分のクラスの子たちを教えてくれるわけです。そして、その次の時間も、また次の先生が教える。この子がどうも様子が変だと気づいても、その方策を取る手だてがなくなるんです。そういったことがずっと重なっていくと、その子が一体何が言いたかったのか、何に悩んでいるのか、あるいはどう解決の糸口があるのか、そういったことを見失ってしまうということが、私は往々にしてあるのだろうと思います。こういったことについては、大臣は何かお感じになっていることはありますか。

伊吹・文部科学大臣
 それは先生、ちょっとどうでしょうか。最初、ホームルームですか、その時に見つけたと、次々替わると。で、授業が終わったら、君、少し話をしようと、これがやっぱり感度なんじゃないでしょうか。

水岡 俊一・議員
 私は、数々そういう経験をするなかで感じていたのは、朝見つけても、おそらくそういう子どもと話をすることができるのは昼休みだろうと思います。そうすると、もう子どもから、子どもが発しようとしていたサインの何十パーセントかは欠落してしまうのです。そして、そのことが、多くのほかの子どもたちが関与をしていることであれば、子どもたちはそこから、その場から逃げてしまうのですね。
 私は、多くの失敗のなかから学んだというか、自分でこうしようと決めたのは、もうその時に、そのことから逃げないということ。つまり、1時間目の授業、数学の授業かもしれない、2時間目の授業、体育かもしれない、もう先生に頼むんですよ。頼むから授業を僕にくれないかと、ホームルームをするからと言って、何度となく私は、午前中4時間、あるいは1日6時間を使ったことがあります。
 しかし、いまの世のなかは、そういったことをきちっと受け止めてくれる学校や地域や社会ではないのですね。いまや、数学がほかの学校よりこの学校は何時間遅れている、この学校は平均点が何点低い、そういったことが塾からの情報でもって大きく語られたり、私が、担任がしようと思ったそのクラスのなかでの取組をきちっと評価をされないということが往々にしてあるのです。
 そういったなかで、いまの学校の教員は悩んでいるのではないかなというふうに思いますが、大臣、いかがでしょうか。

伊吹・文部科学大臣
 そういう部分で悩んでおられるということは事実かも分かりません。しかし、それは先生、学校に特有の問題ではないのです。どの社会でもいろいろな制約の下で自分が最大限の努力をして、そして何とか成果を上げようと思って多くの人は汗をかき、悩んでいるわけですよ。
 ですから、学校はこうだから、一般的に認めてくれないから、ついつい数学の授業に走っちゃうのだということではやっぱりなくて、どこでも自分の思うとおりにはならないわけですよ、人間社会というのは。一定の制約があるわけです。その制約のなかでどうすれば目的が達成できるかということを最大限、みんなが努力をして、工夫をしながら生きている、これが現実の社会の姿なのですね。
 しかし、教育とか命とか、こういうものはやっぱり少し一般のものとは違いますから、私は、ある程度の配慮をしなければならないと思いますが、それを、今度はそういう配慮を一般論として認めますと、一般論のなかでいろいろ違ったことが行われているというのが、いままでの例なんです。
 ですから、これはお互いに、先ほど蓮舫先生のお話にあったマスコミのことで言えば、情報公開が少ないことも福岡や、私は何かの原因があると思いますけれど、しかしマスコミもまた、子どもの心情を思って、どの程度の自制心を発揮できるかということによって、ブライトなマスコミというものがあるんですね。
 やっぱり、ここのバランスの上に社会が成り立っている、このことだけは、特に子どもの教育にかかわっている私たち、当該委員会の先生方も含めて、やはりその現実だけは大切に考えておきたいと思います。

 連絡不足という問題ではない

水岡 俊一・議員
 社会には数々の制約がある、あるいはバランスというものがあるというのはごもっともだと思いますが、いま、学校のなかで最も大切にしなきゃいけないのは命であるということを全国の人が感じているわけです。そういった意味からして、数々の制約があるけれども、まずは子どもの命を大切に、現場で指導力を発揮しながら、あるいは仲間と一緒に連携をしながら取り組んでいくように、大臣からも文科省からも全国の学校関係者にぜひ適切な助言を与えていただきたい、こういうふうにお願いをしたいと思います。
 時間がございませんので、次の問題に移りたいと思います。
 文科省がすでに大学教授らによる研究会に調査を依頼されていたという報道に関してであります。私も、今朝ほど知ったので通告をしておりませんでしたけれども、このことについて、まず、最初にお伺いをしたいと思っております。
 事実関係についてはもうすでに明らかになっておりますので、改めて私がお聞きをしたいのは、2002年の6月に報告が、文科省に30部も届いているという事実が報告をされております。そういったことのなかで、局長は連絡不足だったというふうにおっしゃいましたが、これは文科省として連絡不足だったと片づけられる問題ではないように私は思うのですが、大臣、いかがでしょうか。

清水 潔・文部科学省高等教育局長
 先生のお尋ねの調査に関しましては、実質的に担当する部局でございますのでご答弁させていただきます。
 この調査、先ほどからのご指摘との兼ね合いでいえば、高等局として、必修科目の未履修に関するデータが含まれているということに問題意識が至らなかった、ある意味では感度が薄かったということに、一言で言えばそういうことであろうかと思っております。
 私ども、当時の担当者等いろいろ聞きましたわけでありますけれども、これは言い訳がましくなりますが、この調査自体は、大学の大学生の学習意欲に関する調査ということでございます。例えば、いろんな資質、学生が高校段階で、あるいは大学後に、どんな資質が大学における学習と関連するのか、あるいはそのスキルというものはどうなのか、そしてそれは、学部等の選択基準、専門分野の適応度との関係でどういう授業行動となって現れてくるかというふうな、全体としてはそういう極めて、大学生の学習活動というものの実態をある部分でデータ的に裏づけるというふうなものでございました。
 そういう意味で、実際上、そこのなかでは高校での履修というものと、それが専門を学ぶ上での必要度、あるいは学生が認識している得意度との関連で、得意さの具合ですね、それとの関連で聞く質問も含まれて、そのなかにデータもあったということでございます。
 一言で申し上げれば、これはある意味で、言い訳になりませんが、ひとえに感度が低かった、問題意識が薄かったということでございまして、私どもとしては本当に申し訳ないというふうに思っております。

水岡 俊一・議員
 実は、この未履修問題については、1999年にも3校で発覚をして、その後、2001年、2002年、私の出身の兵庫県においてもそういった問題があるということが報道されたところであります。
 そういったことのなかで、いま文科省としては認識を深くしていなかった、感度が鈍かったというお言葉ではありました。これは、大臣はつい最近大臣にご就任をされたわけですけれども、かつての話でありますから大臣に直接責任はないように私は思いますが、文科省として、やっぱりゆゆしき問題であるという認識をお持ちでしょうか。それについてお伺いします。

伊吹・文部科学大臣
 結論的に言えば、いま先生のご指摘のとおりだと思います。
 これは、先ほど来、政府参考人の初等中等局長がお答えをしておりましたが、いまご指摘のように、兵庫県とか広島県とか、いろいろ未履修の問題が過去にあったんですよ。あったけれども、これは1県のなかの問題としてその時、その時に現れてきた。ですから、文科省としては、そのことを県の教育委員会に指導して直させると同時に、全国の教育委員会の担当課長なのでしょうか、指導主事を集めて、そういうことがあってはならないということを初等中等局で指示をしておるわけです。
 ところが、高等教育局は大学教育を所管しておるわけですよ。ここでやった調査というのは、大学生の学習意欲の調査をしておるわけです。そのなかで、高等学校の時に何を履修したかということを聞いたところ、先生がご指摘のようなレポートが出てきているわけです。だから、局は違いますが、本来、同じ省であるのだから、そんなことは連絡して当たり前のことなんですよ、かつてそういう事案があればですね。
 ですから、私は、着任したときに職員の皆さんにあいさつで申し上げたのは、報告と連絡と相談と、そして、それを誰だれに言っておきましたじゃ仕事にならないぞ、言ったことをやってくれましたかという確認という、報告、連絡、相談、確認、この四つを必ず守ってくださいと、この四つさえ守れば、あとは君らが失敗しても私が辞表を出せばそれで済むことだから、思い切って仕事をしろということを言ったわけです。
 当時、その連絡ができていなかったということで、特に縦割りというか、局同士の連絡が誠に不十分であったのですから、それはいまから、特に、私が、みんな調べろと言っちゃったからまずかったのかも分からないけれど、これだけ大きな問題になっちゃっていること、現時点から考えれば、それは何だったというご批判は当然あると思います。

水岡 俊一・議員
 かつてからそういった兆候がいろんなセクションで感知をされていた、にもかかわらず連絡が行き届かなかったということを、大臣も、文科省としての責任をお感じになっているということはよく分かりました。
 しかしながら、私が思うのは、そういった状況にあるなかで引き続き未履修問題が起きていたというのは、この未履修問題の本質が何であるかということをよく表しているのではないかなと思うのです。つまりは、子どもたちが履修をしやすい教科を選んだとか、それは何をもとにその履修科目を選んだのかとか、いういろんな問題があるなかで、いまの大学入試制度、それらに通ずる多くの問題をはらんでいるというふうに思いますが、大臣はこの件についてはどういうふうにお考えでしょうか。

伊吹・文部科学大臣
 おっしゃるとおりだと思いますね。
 この問題は、教育行政的に言えば、文部科学省が法律にもとづいて基準を示している学習指導要領を高等学校は守らなかったということ、それを守らせられなかった教育行政の権限と権限のあるところに生ずる責任との関係が非常に不明確であったということ。その問題の裏にあるのは、先生がおっしゃった受験に有利なことをするためにルールを守らなくていいという学校が、高等学校が全国平均の10%あったということです。
 ただ、高等学校はやはり、私は予備校になっちゃいけないと思いますね。ですから、学習指導要領を試験の現状に合わせて変えろということは、私が大臣をしておる限りは取りません。ただし、いまの学習指導要領がいまの世のなかの要請に合わないのであれば、そこは変えればいいと思いますが、大学受験のために迎合というか、後追い的にこの学習指導要領を変えるということは私はいたさないつもりです。

 高校で何を学ぶか、考え直すよい機会

水岡 俊一・議員
 実際は、公立高校のなかでは、教育委員会からかどうかは分かりませんが、数値目標をやはり求められている、あるいは、国公立あるいは有名私大の合格者数によってその学校の評価が決まる、そういったなかでこういった問題も起きているということは、これはもう明らかな事実ではないかなと思っております。
 そんななかで、いま、大学入試を目的とした教育課程の、あるいは指導要領の変更というのは、それは、おかしいのじゃないかというお話はよく分かりました。けれども、そういったなかで改めて高校で一体何を学ぶのかということをきっちりと考え直すいい機会ではないかなと、私は思っています。
 実際には、大学はいま、2006年、今年の3月の大学等への進学率は49.3%、専修学校専門課程への進学率は18.2%、合わせて67.5%の卒業生が進学をしているという、大学全入時代に非常に近づいているというなかにあります。
 そういったなかで高校が一体何を求めるのか、このことについて考えていかなければならないと思いますが、高校教育の目標を学校教育法42条に次のように書いています。「社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、個性の確立に努める」と。言い換えると、主権者としての市民、市民の育成を目指しているのではないかなと、私は学校教育法42条をそういうふうに見ます。
 そういったなかにあって、いま受験ということに非常に特化をしていく学力というのは、これは生きる力ではない、これは、はがれ落ちる学力ではないか。やっぱり豊かな学力や確かな学力というのを求めていくという高校教育の原点をいま見詰め直すべきだということについては、大臣、お考えございますでしょうか。

伊吹・文部科学大臣
 まず、先生と私は若干イズムが違うと思いますから、先生が善き市民とおっしゃいましたが、私はそうは思いません。立派な国民と私は理解しております。
 その上で申し上げれば、高等学校教育の目的というのはやはり、高等学校で卒業する人もいるわけですからね、社会に出る。国際化がこれだけ進んでいるわけですから、日本国民として、あるいは日本に住んでいる人、納税者という言葉に置き換えてもいいかも分かりません、在日の方もいらっしゃいますから。だから、そういうなかで、やはり高等学校を卒業したレベルにふさわしい基礎学力を身につけて、そして日本の納税者、あるいは国民として最低限必要な規範意識を身につけさせて大学へ進んでもらえるという条件をつくるということで、大学自身も今回未履修の問題で、はしなくもそれが表に出ちゃったわけですが、高等学校を卒業しているということを大学入学の要件にしているわけですから、もちろん検定は別にありますけれども、そのことをやはり関係者はよく考えて、どこどこに何人入ったとかということではないと私は思いますがね。

水岡 俊一・議員
 市民という言葉をとらえての話が少しありましたが、私は、どこどこの市民という意味で申し上げたのではなくて、シチズンという考え方で、広く国民というふうに言っても差し支えない意味でございますので誤解のないようにお願いをしたいと思います。
 大臣のお考えで、高校教育をやはりきちっともう一回とらえ直すということは、お考えをいただくということはよく分かりました。そういったなかで、これからこの未履修問題をどういうふうに解決をしていくのかということを考えるなかで、一つ、私は大きな問題としてあるのはやっぱり大学入試センター試験、これじゃないかなと思っております。
 まあ、センター試験というのは、非常にこれまでいろいろな変遷がございました。いっときには教科数が増えたときもあるし、あるいは緩やかになったこともございます。しかし、この大学入試センター試験が持つ意味というのを、この機にやはり見直して、根本的に大学をどういう形で受けていくのかということを考え直すいいチャンスではないかなと思っております。
 例えば、ヨーロッパでは大学入学資格試験というのがございますし、アメリカでもSAT、共通試験というのがございます。要するに、大学に入学できる基礎的な力があるかどうかを調べる試験、共通資格試験とでもいいましょうか、そういったものを設定するなかで大学全入時代を迎えるいまの教育制度を変えていく、センター試験を変えていくということを考えるべきではないかな、そういういいチャンスではないかなと思いますが、大臣、いかがでしょうか。

伊吹・文部科学大臣
 一つのご提言だと思います。
 つまり、今回未履修の問題の時にも明らかになったように、卒業資格の認定権というのは個別の学校長にあるわけですね。ですから、それがいいかどうかというのは先生がおっしゃっていることだと思うのですが、結局、実質的な学力という場の認定権が大学の入学試験に移っちゃっているということだと思います、実質的にはね。
 ですから、必修科目をすべて取らなけりゃならないわけですから、その必修科目すべてについて一応のレベルにあるかどうかというところを学校長の認定に任せるということがいいかどうかということも含めまして、これはちょっと幾ら何でも、私だけで決めたり、ご答弁するには荷が重いことですから、まあ中教審だとか関係者の意見も聞いてみないといけませんが。
 先生がおっしゃったように共通一次だとか、どうだとかということは、いままで度々繰り返されてきたわけですよ。そのときに繰り返しては駄目だとか、どうだとかいうことになっていまの制度に行き着いているわけですから、その間に当事者である大学受験生は翻弄されちゃいますからね。
 やはり制度の安定ということも考えなければいけませんから、センター試験を改革していくのか、先生がおっしゃったようなことでいくのか、あるいはもう少し別の工夫をするのか、いろいろなやり方がありますから、いまのままでいいかどうかという問題意識を持って、みんなで考えさしていただきたいと思います。

水岡 俊一・議員
 問題意識を持ってということで、私もそういうふうに思います。
 いま、大学進学率の問題が高校の評価ということに結びつきやすいというお話を申し上げましたが、そのことは中学の卒業生にとっても重要な問題なのですね。ですから、中学校の教員あるいは小学校の教員にとっても、大学進学というのが非常に大きな課題になっているわけです。そういったことがいまの教育制度のなか、教育現場のなかで非常に苦しみを生んでいることは事実であります。
 ですから、全国の多くの教員がこの大学入試制度を何とか変えてくれないかというふうに思っているのではないかと思います。どのように変えていくかは、またそれぞれだとは思いますが、少なからず問題があるんだというなかで、これから検討を絶え間なく続けていくということを切にお願いをしたいと思いますし、文教科学委員会でこれからもそういった論議ができるようにお願いをしたいと思います。
 最後に、蓮舫委員からもありましたが、この問題、非常に重要な問題であります、いじめの問題にしても未履修の問題にしても。ぜひとも、これからの文科委員会のなかでも引き続き質疑をしていく、そういった時間を確保していただきたいということを委員長にお願いをして、私の質問を終わりたいと思います。

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