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2006年3月28日 第164回国会 文教科学委員会
「国の補助金等の整理及び合理化等に伴う義務教育費国庫負担法等の一部を改正する等の法律案」

参考人質疑

地方に分権される、地方に財源が移転されることに大きな意味がある

吉田 和男・京都大学大学院経済学研究科教授 

参考人・吉田 和男・京都大学大学院経済学研究科教授
 京都大学の吉田でございます。よろしくお願いいたします。
 私は、小泉内閣が発足して、民のものは民へ、地方のものは地方へということで、そういうスローガンといいますか、それに従って地方分権改革推進会議というのが平成13年につくられましたが、その3年間、委員をさせていただき、いろいろ議論させていただきました。
 基本的には、補助金を削減して税源移転をする、同時に交付税改革をするといういわゆる三位一体改革であります。義務教育国庫負担金に関しましても、交付税化あるいは一般財源化ということの方向で行うように、検討するようにという結論がこの地方分権改革推進会議の結論でありました。
 基本的に分権改革推進会議の考え方は、国の事業と地方の事業を切り分ける、そして地方の事業は独自の財源でやっていただこうというのが考えでありまして、いわゆるナショナルミニマムの発想からローカルオプティマム、地方でそれに適した行政を行うべきであるという考え方であります。
 ただ、教育問題だけを取り上げますとなかなか悩ましい問題があるわけです。それは、言うまでもなく、国が責任を持って全国民に教育というものを実施していこうという義務教育制度であるわけです。しかしながら、その教育の実施主体者は地方であって、地方政府、自治体であって、地域は地域で協力して教育していこうということになるわけで、それがまた重要な側面であるわけです。それはまた、その義務教育の生徒の親が強い関心を持っている中で、親の教育への関与が重要であるということになるわけで、また、一般の行政と違って、先生の人格的な問題という、人格的な関与という非常に人間的な行政サービスであるというところが違うところでありまして、そういう意味におきまして、地域でちゃんと教育ができる体制づくりというのが進められるべきではないかなと思うわけです。
 大きな問題は人口減少であるわけでして、2030年までに1000万人人口が減る、もう2005年から減り始めているということでありますが、その人口減少で子どもの数が減っていく。一つには財政問題であるわけですね。教育サービスを受ける人が減っているのに費用が減らないということで、財政的な問題ということが一つあるわけですが、教育上も、クラス編制ができないと。昔はクラス対抗リレーなんというのがあったわけですが、なかなかクラス対抗リレーができるところがない。少人数教育だということになれば、少人数だったら何でもいいのかというと、クラスの中に一緒に勉強する相手もいないということになってきますと、これは非常な、教育上もいろんな問題を引き起こすかと思うわけです。京都でも51校ある小学校を15校に再編するというふうなことを聞いておりますが、こういった再編問題も含めて、その教育効果、それから財政上の問題からも改革していく必要のある分野だということになるわけです。
 ということになりますと、教育サービスを行う主体としての地方自治体、これが財政的権限を持って行われなければならないのは、そういう意味では必然的だと思うわけです。
 もちろん、国は国の方針としての教育の在り方、ガイドラインですね、今教育基本法が議論されているところでありますが、義務教育の生徒に対しては、しつけ、価値観の形成、それから社会性、学問に対する好奇心といったものを教えていかなければならないわけですので、そういったものに対するガイドラインというものをしっかり作る必要があるわけでありますが、しかし画一教育になってはならない。これからの時代というのがどういう状況になっていくかというのは不確実な要素が大きいわけでありますし、また教育というものの画一性というのは避けなければならない。基本は共通でなければならないけれど教育は画一であってはいけないという、まあやや矛盾した言い方になるわけですが。
 例えば、例を挙げて言いますと、私どもの世代はよく日教組教育と言われましたが、もう私どもの仲間はつい最近までソ連が理想国家だと思っていた人、本当に思っていた人が多いわけですね。これはもう、そういう画一性の中で教育が行われるというのは非常に問題が大きいということであります。
 いろんな教育というのも、まあ陰山さんは現場でやられておられるわけですが、常に進化させなきゃいけないんですね。100%分かってないわけですね。ですから、100%分かってないから常に何かをトライして進化させていかなきゃいけない。そういう進化を進めるというふうなことができる体制というのをつくっていく必要があるというふうに思うわけです。
 そういう意味で、地方分権改革推進会議の主張しました三位一体改革は、地方に行政サービスとして教育の機能を現場に近いところ、あるいは親に近いところで判断していくローカルオプティマムということにしていくべきだと思うわけです。
 元々国庫負担金というのは、一般論で申し上げて、このいただきました参考資料にも鳥居会長がお話しになっておりますが、明治時代に初等教育の義務教育化ということでスタートしたけれどなかなか進まない、これを、国庫補助制度を導入して国庫金を導入することによって確立したものになったんだという説明をされているわけです。
 正にそのとおりなんですね。何か新しいプロジェクトを立てようとしたときに、そこの地域の中にある制度というのはその既にある制度と合理的な関係にあるわけですから、制度を変えようとすると外から力がないと変えられないというのが現実の社会の仕組みなわけですね。したがって、その国庫金制度を導入して、中央政府が主導して、そして制度をつくり、教える先生を国が養成し、そして義務教育が発達してきたわけであります。
 しかしながら、今日の問題、これは随分違ってきているわけですね。少子化で人口が減少していく、教育の効率を上げていかなきゃいけない、そして質の向上を図っていかなきゃいけない。
 郡部での学校の統廃合というのはなかなか難しい問題があると思うんですけれど、先生3人生徒3人という教育が本当にいいのかということになるわけですね。スクールバスというのを導入すれば可能ではないかと思うんですが、できる限り多くの人と社会を形成するというトレーニングを小学校のときにする必要があるわけですので、そういった統合をしていかなきゃいけない。あるいは財政上も、既存のところを削減して新しい質的向上のために投入するといったようなことをして、先ほど言いました教育の進化をしていかなきゃいけないということがあるわけでありまして、それが地方自治ということに、地方の、地方政府への期待ということになってくるかと思うわけです。
 もちろんそこには、教師、それから親というものがつくっている、よく言うPTAですけれど、その関係を支えて、地域がいろいろ工夫して、先ほども申しましたローカルオプティマムというのはある意味地方間競争であるわけで、いろんなアイデアを、あるいは創意工夫を行政で実現さして、それを競争さすと。競争で、いいものは皆見習えばいいわけですから、地方で、現場でいろんな工夫ができるような仕組みというのが大事かと思うわけです。
 今回の義務教育国庫負担金の問題で批判がありますのは、6団体が中学の部分の国庫負担金の削減ということを提言したのに対して、最終的に決定したのは2分の1から3分の1への削減ということになるわけです。これでは国の関与が変わらないんじゃないかという批判もあるわけですが、それはかなり正しいことかと思うわけですが、しかしながら、2分の1が3分の1になるということで、例えばいろんな合理化をしたときに、補助金も同時に減るわけでありますから、この率が低いということは行革の方にインセンティブが掛かると。そこから生み出され、行革をして生み出す資金の額は大きくなるわけですから、補助率の引下げというのも決して意味がないことではない、非常に大きな意味があるというふうに思うわけです。
 また同時に、様ざまな教育に関する自由化が行われるということを聞いておりますが、それが今後の教育の、義務教育の、先ほど申しました進化の力になればと思うわけであります。
 昔、吉田松陰という人が松下村塾をつくったわけですが、たくさんの有能の士をつくったわけですが、あれには国庫補助金はゼロでしたし、公的負担もなかったわけです。最も重要な役割を果たしたのは先生の人格であったわけですが、先生の人格をつくっていく、立派な先生をつくっていくという、これもまた重要な仕事だと思うわけです。
 これは、私は文部科学省通達で立派になるとは思えないわけですね。人格形成をするために立派になれという通達を出せば立派になるというものではないと。むしろ学校の生徒、それから親、そして地域と切磋琢磨して教育というものを開いていこうということが重要かと思うわけです。そのために、地方に分権される、地方に財源が移転されるということは大きな意味があるというふうに考えております。

日本の教育を崩壊させないためにも
義務教育費の国庫負担の維持は絶対に必要

陰山 英男・広島県尾道市立土堂小学校長 

参考人・陰山 英男・広島県尾道市立土堂小学校長
 中央教育審議会の義務教育特別部会で臨時委員をやらせていただいておりました土堂小学校長の陰山でございます。
 本日はこのような重要な場で参考人として意見を述べさせていただくことを大変うれしく思っております。といいますのは、今の日本の教師の信頼というのは現状以上に不当に低くなっており、それゆえに現場の声というのは大変発信しにくい状況になってきております。しかし、今の学校現場というのは時に戦場かと思いたくなるほど熾烈を極めることが増えています。それだけに、現場の声を聞いていただけるこうした場があるということを大変うれしく思うわけであります。
 では、本論に入ります。
 まず、結論から申し上げると、義務教育費の国庫負担の維持は絶対的に必要なことと考えております。なぜそうなのか。それは、今の学校には確かにいろいろな問題を抱えているのは事実ですけれども、まだ学校は、踏ん張っているからまだ持ちこたえているというふうに考えているからです。
 意外に思われるかもしれません。といいますのは、義務教育費の国庫負担、つまり日本の教職員の給与を安定的に確保するということなどひょっとすると税金の無駄遣いじゃないかというような不信が一方にあるからであります。しかし、繰り返しますが、私は、全くそうは思っていません。逆に、教職員の給与を不安定にすることによって日本の教育は崩壊するかもしれないという強い危機感を持っています。
 その理由を今最も問題にされている学力低下問題を分析を基に説明したいと思います。制度の問題を教育実態から語るというのは少しニュアンスが違うかもしれませんが、是非ともお聞き届けいただきたいというふうに思っております。
 今、大学入試が一通り終わりましたので、様ざまな週刊誌等でその分析がなされております。その中で、とりわけ最近よく注目されておりますのが、「ドラゴン桜」から出てきました東大の入試の問題であります。
 一般的に、今、大学入試というのは、経済格差による、家計によって、豊かな家庭とそうでない家庭の二極化によって、貧しい家庭はもう勉強ができない、公立は教材が2割削減されているから駄目なんだというような風潮が言われています。しかし、これを、事実を基にして考えていくと、若干それとはニュアンスの違う傾向が見えてまいります。(資料映写)
 ここに示しておりますのは、東京大学のホームページにございます、東京大学の合格者の所得階層の分析のグラフであります。これを見ていきますと、1984年から1995年にかけて、当初84年には全体の4分の3を占めていた950万円以下の家庭、つまり一般的な家庭からの合格者が大半を占めておりますが、95年にかけて確かに高額所得者の東大合格者が急速に増えてまいります。これは、中高一貫校、私学が急速に東大合格者を伸ばした時期と一致をしております。そして、この84年から95年にかけては、年収450万円以下の家庭からの東大合格者が減ってきています。
 ところが、95年から今日に至るまで、この二極化とは全く正反対と思われる事象が起きてきています。それはどういうことかというと、その450万以下の低所得者の階層からの東大合格者が増えてきているからであります。この低所得者の階層というのは、当然のことながら公立高校に行っていると思われていますから、実は公立高校からの出身者は近年増えてきていたということが言えるというわけでありまして、今年はその「ドラゴン桜」の影響もあって、週刊誌等を見てみますと地方の公立高校からの東大合格者が増えているという、当初、2002年の指導要領の改訂によって公立からの合格者が減ると言われたのと全く反対の現象が起きているわけであります。
 さらに、重要な問題は、そもそもこの学力低下問題の発端になりましたのは、この「分数ができない大学生」という一冊の本であります。この本をお書きになりましたのは、京都大学の西村和雄先生が中心になられた方々です。すると、ここの、西村先生の対談の冒頭にこう書かれています。
 「今から20年前に共通一次試験が始まって、それがセンター試験へと変わってきたわけですけれども、次第に大学生の学力低下が問題となって、最近はそれが加速したような気がします。東京大学や京都大学でも学生の基礎学力がかなり落ちている、それも理科系の学生でも落ちているという報告がなされていますし、その他の国立大学でも学生の基礎学力の低下は非常に深刻な問題となっています。」というように、本来その最高学府と言われているところの学力が落ちている。
 実は、そもそもこのところに、東大や京大に行っている学生たちというのは、今はそういう、小さいころからお受験をして、小学校のころから勉強して中高一貫校へ行って、恐らく日本の教育史上最も長く最も難しい問題をしてきた子どもたちなんですけれども、その彼らの学力が低下しているという指摘があるわけであります。実はここに日本の教育問題の本質的な課題があり、なおかつそのことが語られていない、つまり分析の錯誤があるというところが日本の教育の私は最も深刻なところであろうというふうに考えています。
 もう一つ、不登校から見る教育政策の功罪について考えてみたいというふうに思っております。
 今、ゆとり教育がいろいろ批判をされていますけれども、実は10数年前には同じような形で詰め込み教育批判というものがなされていました。画一教育というものも批判されていました。
 実は私は、昭和56年、日本の教育は大きな転機を迎えていたというふうに思います。この昭和56年というのは爆発的な校内暴力が発生した時期であります。そして、全国の中学生が荒れて先生をぼこぼこにしてしまうというようなことがあって、これを静めるために管理教育というものが入ってきました。今となってはもう昔話になりますけれども、頭髪検査、持ち物検査、服装検査、学校の先生が朝校門に立って物差しを持って女性のスカートの長さを測るという、今から考えると本当ばかみたいなことがまじめになされていたわけですね。その結果、日本の公立学校は非常に息苦しいものになりました。それに符合するかのように、年間50日以上の不登校児は急速な勢いで増えてまいりました。これではいけないということで、この詰め込み教育、管理教育が批判され、平成元年にゆとり教育というものが、ゆとりというものが概念されて新しい学力観が出てきて、確かにこの時期、不登校というものの増加というものが一時期抑えられるわけなんですね。
 ところが、ここでもう一つ大きな分析ミスが起きました。といいますのは、受験競争批判というものは確かにそのとおりだったろうと思うんですけれども、これと同時に、画一教育批判の中で読み書き計算といった基礎的な学力を形成するところまでが批判されるようになったことであります。私は百升計算というようなものを指導してきましたけれども、子どもたちの計算力をタイムで計るというのは子どもたちをいじめるものだというふうなことで大変厳しい批判を浴びたのもこの時期であります。しかし、その結果、小学校の段階での基礎学力の低下というものが著しく、当然中学校で方程式を解くようなことはかなり難しくなるだろうというふうに予測をしておりました。まさしく、その新しい学力観で育った子どもたちが中学へ行き始めたころから、今度は再び中学校での不登校というものが急増していった。私はすべての根源はこの分析の間違いにあるというふうに考えているわけですけれども、その理由はここにあるわけであります。
 一つ不思議だったことがあります。それは、校内暴力の発生とか、それから当時新しい荒れというものが出てきました。それは、新しい荒れというのは平成の初期ごろから言われ始めたころなんですけれども、子どもたちがとにかくがちゃがちゃがちゃがちゃ落ち着かない、勉強しろと言っても先生の言うことを聞かない、小学校1年生から教室の外へ逃げ出す、かつては考えられないようなことが起きてきました。現在は、それが学級崩壊でありますとか小1プロブレムだとかいう形で、問題が解消されないまま一層ひどくなってきています。ただ、当時受験競争批判ということがなされていたわけですけれども、不思議なことに、山奥でも、山間のところでもこういう問題は起きてきたわけであります。そして、現在はもうごく一般的にすらなってきております。
 一体その理由は何なのか。私は、様ざまなデータを調べていくうちに、生活習慣の崩れだということに思い至りました。
 いろんなデータを調べていくうちに、幾つか貴重なデータが出てきました。見ていただいておりますのは食育の重要性を論ずるものであります。
 これは一食当たりの摂取食品数と学習成績の相関関係を取ったものなんですけれども、要は、一食に使われるその食材の数と学習成績等の相関関係を取るという、まあ今どきの人権感覚からするとちょっと信じられないような人権無視の調査なんですけれども、そこから出てきたデータというのは非常に面白いといいますか深刻なものがあります。つまり、食事が貧しいと成績も貧しいということであります。いろんなものを食べさせると成績が上がってくるという、そういうふうなことがはっきり見て取れるわけであります。
 それからもう一つ、睡眠の問題です。
 上側にありますのは東京都の調査結果なんですけれども、青い部分が夜10時までに寝る子、黄色い部分が10時から12時、それから赤い部分は12時以降まで起きている子どもなんですけれども、1979年と2002年の子どもたちを比べて、小学校4年生から中学校3年生まで調べてあります。
 これを見ていきますと、小学校4年生、ほとんどの子どもは、79年、10時までに寝ていましたが、02年にはそれが半分近くまで減り、12時以降まで起きている子どもたちが登場してまいります。そして、中学校3年生を見ていただくと、東京はもう79年でも12時以降も起きている子どもたちが大半以上で私はちょっとびっくりしたんですけれども、しかし、それでもわずかに中学校3年生でも10時までに寝る子どもがいましたが、02年にはそういう子は全くいなくなり、そしてほとんどの子どもが12時以降も起きているというふうになっています。つまり、すべての子どもたちの睡眠時間が減っているということが明らかになっているわけであります。
 そうなってきますと、このことが私は学習に影響しないはずはないというふうに考えました。ただ、大規模な睡眠と学力との相関関係を調べた調査データがありませんでした。なぜならば、子どもが寝るというのは当たり前だったからだと思われます。
 そして、広島県の基礎・基本調査、これは学力テストなんですけれども、この集計結果が出てまいりまして、やはりということが分かりました。下にあります表です。これは広島県の小学校5年生、2万7千人を集めた調査の結果であります。上にあります横軸は睡眠時間です。中にあります数値は学力テストの平均点であります。そうすると、小学校5年生で睡眠時間が5時間未満、ここでは4時間と書いていますけれども、それ自体ちょっと、5時間も寝てない小学校4年生がいるということ自体異常なんですけれども、やっぱり平均点が50点ぐらいしか取れません。それが5時間になると60点、6時間になると66点というふうになって、7時間から9時間だと大体平均点が70点ぐらいで安定をしてくるということです。ただ、笑えますのは、それ以上寝るとまた落ちてくるという、寝過ぎも良くないよなという落ちのあるデータなんですけれども。
 ですから、この睡眠と食事の問題が子どもたちの頭脳に物すごい大きな消耗を与える危険性をはらんでいるということを私は考えるわけであります。
 そこで、子どもたちの生活実態を考えますと、お受験をしている子どもたちは夜遅くまで勉強しているのが当たり前になっています。私は尼崎という町で教員を始めましたけれども、当時、私立中学校を受験する子どもたちで12時よりも早く寝る子は一人もいませんでした。しかし、一生懸命勉強している彼らには申し訳ないんですけれども、彼らが伸びているというふうには私には感じられませんでした。ですから、そこのところが物すごく気になっていたんですけれども、一方、そうでない子どもたちが普通に勉強して伸びていれば、ああ、そんなことをやっても駄目だよねということになるわけなんですけれども。
 ちょうど昭和56年、7年当時に、もう一つ子どもたちの生活に大きな影響を与えるものが出てきます。テレビゲームです。昭和63年にもうほとんどの家庭にテレビゲームが入ったということが分かるような、ドラゴンクエストVの発売というのがあったわけなんですけれども、その結果、子どもたちはテレビであるとかゲームであるとかというものによって夜更かしというものが続いてくると。つまり、すべての子どもたちのその夜更かしというもの、あるいは食事の不足というものが見えてきた。ここに、バブルのいわゆる隆盛と崩壊に至る経済の破綻から、日本の社会が夜遅くまで働くことによってこの経済の苦境を乗り切ろうとしましたから、社会全体の夜型化が進んだわけであります。
 10数年前に始まったニュースステーションは、当時はあんな遅い時間帯にあんなニュースを見るやつがいるのかと言われたわけでありますけれども、今は我々ですらあの11時からのニュース23ぐらいでちょうどいいなぐらいに夜型になってきておりますし、あの79年に始まった金八先生は夜8時スタートでした。最終回は、昨年あったわけなんですけれども、夜10時スタートです。中学生が見るべきであろう番組が2時間遅くなっているわけですね。
 こうした社会の夜型化が子どもたちの消耗を生んだ、これが私の結論であります。
 そうなってきますと、土堂小学校ではその逆をやることによって子どもたちの学力を向上させ、これを社会にアピールすることによってこの誤解を解こうというのが私に与えられたミッションであったというふうに理解をしておりました。
 土堂小学校3年目の成果として申し上げたいと思います。
 1月に漢字検定に挑戦をいたしました。それぞれの担当学年の級に挑戦をしまして、合格率97%であります。この数値は公立、私立を含めて全国1位であります。それから、標準学力検査、これは日本標準という会社のものを使っておりますけれども、正答率80%以上のAランクの子ども、全国平均は55%に対して、土堂小学校の子どもたちは92%という圧倒的な数値を出しております。
 では、なぜこの選抜された私学の子どもたちとも対等に渡り合えるほどの学力を子どもたちは身に付けることができたか。その秘密が3番にあります知能検査の結果に出ております。早寝早起き朝御飯を子どもたちにやってもらって、そして学校においては読み書き計算によって脳力のトレーニングを行う。このことによって子どもたちの脳は大変力強いものに成長していきます。それが知能指数という形で現れるわけであります。
 平成16年、IQの平均は113でしたけれども、平成17年には115とまた上がりました。さらにすごいのは、文句なく賢いと言われるIQ120以上の子どもたちが、平成16年には28%だったものが、今年度は42%というふうに増えております。そして、標準以下の子どもというのは、もはや土堂小学校では1割少々しかいません。こうなると、子どもたちは勉強が楽になります。先生方も指導が楽になります。保護者は成績が上がりますから喜びます。みんなハッピーになるという話なんですね。
 しかし、長くその読み書き計算の反復学習は子どもの心をゆがめるというようなことがありましたので、ここに持ってきておりますけれども、百升計算はこんなにも駄目なんだってこんな分厚い本が発行されるぐらい批判にさらされてきたわけであります。
 土堂小学校の子どもたち、何と6時前に2割の子どもが起きております。そして、学校へ行って、するのは勉強ではありません。学校の掃除と運動であります。心と体を鍛えることによって勉強もできるようになる。そして、そのためには、朝早ければ、当然ですけれども夜も早い。今どきの6年生、土堂小学校の子どもたちは半数の子どもが9時半までに寝ています。勉強時間も1時間から1時間半の子どもがほとんどです。ですから、決してがり勉をしたわけではありません。
 このように、私は、この家庭との連携ということが今最も重要になってくる中で、ここにありますのは先ほどの国際学力調査の中で表された結果なんですけれども、現在、中学生の宿題をする時間は大変短くなっております。参加各国の中で最低であります。ところが、テレビを見る時間は2.7時間と世界で最高であります。これは、1日2.7時間見るということは、全学習時間をはるかに上回る時間テレビを見ているということになります。つまり、日本の子どもたちは日本テレビ学院小学校通信教育部に入学しているようなものであるということになるわけであります。
 さらに、教育費の問題であります。
 ここが重要なんですけれども、これもよく話題にされていることでありますけれども、GDPの3.5%しか拠出をされておりません。しかし、この3.5%のほとんどは教職員の給与であります。だから、考えてみると話は合うわけですね。少ない教育費を教職員に集中的に投資をし、先生方が頑張ってどうにかこうにかその崩れた状況の中の子どもたちを持ちこたえさせているんだということを私は申し上げたいわけであります。
 この教職員の給与を不安定化させるということ、あるいは子どもがこのごろ減っているからということで教職員の数を減らしていくということは、何といっても教育改革の主体は教師でありますから、その教師のマンパワーを下げるということは学力崩壊につながり、そして家計への教育費の負担を増加させ、そして少子化を加速させることになり、ひいては日本の社会全体の不安定要因になるのではないか、私はそのことを憂えるものであります。
 これは、先ほど、行きました中国の学校の教卓であります。北京のすべての学校にこのようにコンピューターと実物投影機が配備をされております。しかし、日本の学校で毎年コンピューターを使える教職員の数はという調査が行われますけれども、実は教職員に一人一人にパソコンが配られたことはございません。つまり、日本の教職員はパソコン操作をすべて自前で習得をしております。ですから、教職員の給与というのは教職員の研修費でもあるわけであります。是非ともそこのところを御理解いただけたらと思います。
 さらに、最後、もう一点、競争原理の問題でありますけれども、これは50メートル走の結果であります。横軸に年齢、縦軸に記録がありますけれども、赤いのが20年前、緑が10年前、現在が青い線でありますけれども、13、14という具合に年齢とともに子どもたちはタイムを上げていきますが、10年前や現在の子どもたちは15歳でタイムを一度下げます。そして、18歳では決定的に下げます。最後に19歳のとき、そうはいっても10年前は20年前に追い付くんですが、現在の子どもたちは追い付くことができません。この15歳と18歳のこのタイムの低下、そしてそのまま成人していくという事実を考えたときに、日本の教職員が受験というものに対して及び腰であるというのは、決して日教組が取ったイデオロギーのためではなく、現場に接している教師たちの勘といいましょうか、そういうものではないかというふうに私は理解しております。
 そして、教育の状況調査によって実は既に学力は上昇基調に転じておりますけれども、それと同時に、小学生の校内暴力が増え、それに対応するために日本の教職員が、精神疾患によって学校に来れなくなる教職員が3倍に増えております。子どもたちの元気を回復しないままの学力向上策というのは非常に危険なものであるということを示しているというふうに私は考えております。
 そういう点で、文部科学省が今回提起をされております早寝早起き朝御飯を国民運動にするというのは、また指導要領で読み書き計算のいわゆる復権を果たすということは、私は教育改革の大本命であるというふうに考えております。
 私自身も、今後は、中教審の教育課程部会にもいてその責を負ったわけですから、今後はいろんな現場を回りながら、直接その責任を果たしていきたいというふうに考えております。

国の仕事、都道府県の仕事、市町村の仕事をきちっと明確にすべき

穂坂 邦夫・NPO法人地方自立政策研究所理事長・前志木市長 

参考人・穂坂 邦夫・NPO法人地方自立政策研究所理事長・前志木市長
 おはようございます。
 地方自立政策研究所の代表の穂坂です。去年の6月末まで志木の市長を務めさせていただきました。私は専門家ではありません。ただ、県の職員として、あるいは市の職員として、市会議員として、県会議員として、最後は市長として、39年間という長い間地方の現場にいたという、そういうところからお話を申し上げたいと思います。
 今、今回いろいろ改正案に載っております二つの大きな点について所感を述べたいというふうに思います。
 一つは、義務教育費の国庫負担制度の問題でありますが、私は元から堅持をすべきという、そういう意見であります。三位一体改革がいろいろ言われておりますが、これは、国でやるべき仕事、都道府県でやるべき仕事、市町村でやるべき仕事、これらをおのずからきちっとやっぱり明確にすべきだというふうに思っています。それが何かごっちゃになっちゃって、何でもいいからという、そういう論理は、私は賛成しかねる、こういう意見でもあります。今回、2分の1から3分の1になりましたが、その骨格は残っておりますから、そう変わらないでしょう。そういう意味では私は歓迎をしたいというふうに思っております。
 やはり、中央政府の役割分担、広域地方政府としての都道府県の役割分担、市町村の役割分担を今後しっかりやるべきではないか、こんなふうに思っております。できれば国の役割を、無償制による機会の均等あるいは教育水準あるいは教育の中立性、こういうものをしっかりやっていただく。そしてまた、特に都道府県の立場、今道州制がいろいろ言われておりますが、これはさっき言ったように地方の広域機能、そういうものを持つ行政機構として、できれば市町村の自治事務、その辺について、もちろん当然の広域的な、その本来的な機能はありますが、加えて市町村の自治事務に対する補完業務、こういうものをしっかりやってもらうことがいいのではないか。そして、実施主体、市町村は、やはり一番大事なのは、自己決定あるいは自己責任、そういうものを明確にすることが私は大事だというふうに思っております。そういう意味では、やはりそういう見地から、義務教育の国庫負担、そういうものはきちっと堅持をすべきではないかと、こう思っております。
 もう一つの大きな改正案がありますが、それにつきましては大変歓迎をいたしております。
 一つは、実施主体における裁量権が大変拡大をされたということであります。
 私どもも、全国で初めて25人程度学級を導入いたしましたが、私も学習塾、幼稚園の園長等やっておりまして、とにかく小学校の1、2年生は何とかしてあの40人を変えたいというそういう気持ちで、教育委員会ともよく連携を取って初めてやりました。1、2年生はどうやら、県費負担の先生をうまく組み合わせますと、市の負担、臨時の教職員を入れて補完をすればどうやらできたわけでありますが、少なくとも低学年ということで3年まで拡大をしよう、こういうことになりますとやりくりが付きません。と申しますのは、県費負担教職員でなければ担任を持ってはいけないという、そういうことがあるものですから、なかなかその壁を越えることができない。そういうことで特区の申請等をやったわけでありますが、おかげさまでそれが認められて、どうやら3年まで拡大をできました。これらが全国的に拡大をされますと多様な学級経営ができるのではないかと大変期待をしております。
 私どもは市費で、非常勤でありましたが教職員の先生方お願いをしました。当然、特区で認められましたから担任を持つこともできました。その採用についても非常にいろんな方々が参加をしてくれました。もちろん教育委員会の創意と工夫によるものでありますが、例えば地域の人たちあるいは自治会の人たちあるいはPTAの人たち、そういう人たちがいろいろ参加をして、おらが先生をどういうふうに、どんな方が一番いいのか、そういうことを一般の住民の視点からも参加をしていただきました。私どもは、自分たちの先生が誕生したんだな、そういう地域の皆さんのきらきら光る、そういう目を大変すてきなことだというふうに感じております。
 さらに、独自研修も随分やりました。いわゆる都道府県が一括で採りますから、なかなか個別の地域に合った研修というのは難しい。お金がそう市町村もないものですから、じゃ独自で研修をしますと、あと何年かたつか、あるいは来年か、広域人事でありますので、ぽこっとどこかへ行っちゃいますから、そんなに教職員の独自の研修費は掛けられない。しかし、自分たちで採った先生方は別でありますから、結構研修もいたしました。
 その意味では、独自の研修も推進もでき、さらには、教職員、いろいろ見方はあると思うんですが、待遇は違いますが、県費の負担の教職員と、私どもは、市町村の採った職員といろいろ切磋琢磨、そういうような関係になってきた。私どもも、いろんな先生方との市長としての一般的な懇談会等々にも出させていただきましたが、例えば、県費負担の教職員の先生方が、市費負担の先生方、非常勤とはいえ旅費を公平に付けてくれないと困るよとか、いろんな意味でお互いがかばい合ってもらう。お互いがというよりも、県費負担の方々がいろいろサジェスチョンを市費負担の先生方にしていただく、そういうこともありました。そういう意味では、切磋琢磨してお互いに緊張関係が生まれたのではないか、こう思っております。
 懸念をすることに、教員の固定化の問題もあると思うんです。しかし、いろいろ考えてみますと、私どもは小学校が8校あります。私学に比べますと、私学なんかそうありません。大体、8校も小学校を持っているなんて私学はそうありませんから、そういう意味では、固定化という形の懸念は、私は違う形で払拭できるのではないか、こんなふうに思っております。それよりもむしろ、おらが学校の先生だという、そういう意識の方が、広域人事もプラスがありますから、両方併せますとプラス・マイナス、やっぱり地域で、いろんな地域の支援の中で採った先生というのはすてきだなというふうに、こんな思いがいたしております。これが大きな二つです。
 ですから、一つについては、多様な学級経営ができるということは非常に歓迎をしている。もう一つの義務教育の国庫負担につきましては、これが3分の1きちっとそれが残った、そういうことを今後もやはりもっともっと基本的な形の中で考えるべきではないか、こんな意味で申し上げた次第であります。
 さらに、二つ目として、更なる改革への期待でありますが、できれば今後やはり同じように義務教育の国庫負担は堅持をしていただきたいというふうに思っております。さらに、国でやるべき仕事、当然先ほどの中に教科書の国家検定の継続等々もあるでしょう。しかし同時に、実施主体における自主権、自己決定と自己責任の拡大を今後も続けていただきたい。そしてさらに、実施主体に対する自由度が増してくれば、国の当然役割ももっともっときちんとしなければならないというふうに思っております。これらについては、評価機能をどういうふうに、完結の結果をどう見るか、それはやっぱり国の私は仕事だというふうに思っているんです。その辺はしっかりやっていただく、こういう上で自主権を拡大していただきたいというふうに思っております。
 二つ目でありますが、やっぱり教育現場は、私は教育者ではありませんが、親族にはほとんど陰山先生と同じように校長先生も一般の教員もいます。本音でいろいろ聞きますと、やっぱり教育現場の一番大事なのは創造性の発揮だ、こういうふうによく言います。上から縦型で言われたものをそのとおりやる、それからはやっぱり子どもの個性、そういうものは引き出せない。そういうことを考えると、やっぱり授業にしても何にしても、現場の創造性というのはこれから発揮できるような、そういう環境をつくっていかなければいけない。こういう意味で、自主権の拡大をお願いしたい、こう思っておりますので、御理解をいただきたいというふうに思っております。
 今、様ざまな規制があります。よく指導、助言といいますが、上の方は、指導、助言で、別にそんなに、命令ではないよ、こう言っていますが、受け取る方はそうではなくて、ほとんどそれは命令だというふうに受け取っているのが実態です。そういう意味からしますと、やっぱりそういう様ざまな規制を撤廃する、もし必要であれば、自治体、実施主体がそれぞれ条例というのを持っておりますので、条例を義務化をしてそれらで明確に補完をする、そういうことも一つのやり方ではないか、こう思っております。
 さらに、県費負担教職員制度でありますが、私は、これは原則的に廃止をすべきだというふうに思っているんです。今はもう総額裁量制というのは行われていると思いますが、私は、埼玉県、私の同期がちょうど教育長でありましたが、いろんな意味で話をするときに、埼玉県が大変東京に近いわけでありますが、それでも秩父の方と東京の近くでは全く教育環境が違います。そういう意味では、やっぱり県が総額裁量制でやるといってもいろいろ市町村の個性が違いますから、ばらばらでやるというのは非常に難しいんですね。どうしても一括になってしまう、一つのやり方っきり取れない。90市町村あれば90市町村のやり方なんて土台無理です。
 そういう意味では、やっぱり創造性や創意を発揮するにも、原則的に県費負担の教職員制度を私は廃止すべきではないか、そして市町村に直接交付をすべきではないか、教職員任命権を市町村に移譲すべきではないかと、こんなふうに思っております。
 もちろん、経過措置も必要でしょう。やっぱりどこかで話しましたらみんな反対ですね。それは、市町村の身分保障よりもそれは都道府県の身分保障、だれでもいいんですよ。ですから、それはある程度の経過措置は必要だと思うんです。さらに離島でありますとか、規模の小さい、特に小さい、まだまだ合併が成ったとはいえ村等々もあろうかと思うんです。そういうときには広域教育団体、こういうのの設置なんかもいいと思うんですね。ただ、なかなか、小さいところに配慮するために頭からやっぱり広域団体じゃないと駄目だという、そういう県費負担教職員制度は考える時期にもう来ているんではないかと、こんなふうにも思っております。
 学習指導要領も、私どもの市の人たちは余り言いませんでしたけれども、やっぱり肉親に聞くと忙しくて、忙しくて大変だと、結構小中学校の先生忙しいという、そういう実態も見ていただければよろしいかと思うんです。ある意味では、今の学習指導要領がもうぎっちり締まってしまって身動きが取れないという、そういうこともあるようです。弾力化等々もやっぱり考えなければならない一つの問題ではないか、こう思っております。
 さらに、私は、教育委員会制度、教育委員会の廃止を特区申請もしましたし、廃止論も書いておりますが、決して市長が全部市町村見るなんて気持ちは全くありません。そういう今あいまいなところを明確にすべきではないかと。責任者不在をどういうふうに、きちんと確認をすべきではないかと。校長先生ばっかり押し付けちゃって、それではなかなか全体的な改善ができないのではないかと。制度は制度、それから教育現場の実態は実態として、両方からやっぱり改革が必要ではないかと思っております。レーマンコントロール等々も完全に形骸化をしております。3人や5人で、教育長という専門の方がいて、レーマンコントロールが発揮できるわけがない、現場はなかなか難しい、こういうことも御理解をいただければ有り難いと思っております。
 私は今25人程度学級を全国で初めて実施させていただきましたが、まだ結果は出ておりません。中にはどれだけ良くなったと言われますが、ただ一つだけ言えることは、生徒と先生とのコミュニケーションが取れるようになった、これは大きな成果というふうに思っております。
 同時に、ホームスタディー制度もやりました。これは、決まったところに行くんではなくて、見放さない、あきらめない、押し付けない、そういう形で先生を家庭に派遣をするという、ボランティアでありますが、家庭学習の中でもそこで勉強をすればそれを単位として認めてもいいのではないか、学校否定論者とも言われたことがありますが、こういうこともやりました。
 学校魅力化推進事業、これは校長先生の裁量権を大きくしたい、どこでもやっていることでありますが、これらもやりましたし、あるいは、学校経営協議会、今の現状よりもむしろもっと進んで、地域の人に入っていただいて、地域がやっぱり育てるという、公立にはバックボーンがあるわけでありますから、それらをどういうふうに機能するかと、こんなふうに思いました。
 最後になりますが、住民自治を実施するということは大変難しい。私はシティーマネジャー、オーナーは住民の皆さんだということでやってまいりましたが、やっぱりこれからはそういう住民自治を実施することによって、意外と無駄があちこち多いものをどういうふうにやっぱりそれらも排除していくかと、そういうことも大変ですし、やっぱり実施主体が自主権、そういうものをしっかり持つ、そういうことが今後問われているのではないか、問われていくのではないかと、こう思っております。


水岡 俊一・参議院議員

 民主党の水岡俊一でございます。
 今日は3人の参考人の方々の御意見、拝聴いたしまして、大変参考になりました。ありがとうございました。
 私から幾つか質問をさせていただきたいと思います。
 まず、陰山参考人にお伺いをしたいと思います。
 陰山参考人は、尼崎、そして生野で教壇に立たれて、その後、広島県に移られ、今は中教審の委員として全国の子どもたちのために御尽力いただいていること、本当に感謝申し上げたいというふうに思っております。実は私も兵庫県で教員をしておりましたので、そういった意味では同じ仲間としてひとつよろしくお願いをしたいと、こういうふうに思っております。
 参考人のお話を聞く中で、食事、それからテレビ、そういったものを含めて、生活習慣を変えていくということが教育の上で非常に重要なんだと。これは百升計算ということの問題とはまた違った次元で、参考人が非常に重要だというふうにお考えになって、そのことを土堂小学校で現実的に多くの仲間の皆さんと実現をされたと。
 こういう中にあって、今、3年目の成果とおっしゃいました。1年目、赴任をされたときと今の3年目と随分その状況は違うと思いますが、恐らく最初の1年目は、教職員の皆さんが参考人のお考えを理解し、そして子どもたちにそういった生活習慣の転換を図るといったことに御努力をされたというふうに思うんですが、そのことにかかわって、先生方の御苦労を、また参考人としてごらんになった感想であるとか、あるいはそこにおける御苦労であるとかいったことについて、何かお考えがあればお教えをいただきたいというふうに思いますが。

参考人・陰山 英男・広島県尾道市立土堂小学校長
 ありがとうございます。
 確かに1年目は本当に大変でした。長く読み書き計算というのは子どもの心を荒らすものだというふうに信じられていましたので、言ってみれば、一般の教職員にしますと、やっちゃいけないことをやらされる恐怖というものがあったと思います。それを進めるに当たって、やはり私自身が言いましたのは、責任は私が取ると、こうやって経緯も分かってのとおりでしたから。そのことで強硬に推進をしていきました。
 それから、一つ状況として厳しかったのは、もうはっきり申し上げれば、当時は民間の校長先生が隣の小学校で自殺をされるという、もうそのさなかでしたので、全く教育委員会というものが支援していただける体制にはならなかったわけですね。ですから、そういう点でも、とにかく一生懸命、もうここからはいい実践をするしかないんだということで頑張ったわけなんですけれども、逆にそのことが先生方のやる気に火を付けたといいますか、ここからやっぱりやるんだと、方向はどうも分かんないけれども、もう行くしかないだろうというようなある一種の腹のくくり方。
 それから、もっとついでに本音を言わしていただければ、もう同じ教師ということであったらお分かりだろうと思いますけれども、本音を言えば、ふざけるなという話ですよね。何でそこまで日本の教師が悪く言われなあかんねんと。万引き行ったときに何で親が引き取りに行かんと教師が行かなあかんねんとか、土曜日、日曜日、部活出て、何であんなもの無給やねんとか、それで何で文句言われなあかんねんという本音があるわけですよね。
 当時、うちの職員がこう言いましたね。そこまで我々が悪く言われなあかんのですかと。ちょうどその校長先生が自殺した事件がありましたからね。教師が悪い教師が悪いということを言われていましたから。で、私は言ったんですよ。もうそれは言うなと、信頼がないのは事実だと、信頼させる方法はちゃんとおれが提示するから、だからそれまでおれの言うことを信じてやってくれと、その代わり必ずそれはいい方向に持っていくからと。実ははったりだったんですけどね。まあうまくいくだろうということでやったら、それで結局うまくいきましたね。
 やはり、私、一番有り難かったのは中山前大臣が来られたということなんです。中山前大臣が、文科大臣が来られて、要するに約束を果たさなきゃいけないんですよ、信頼されるためだったらあとは好きに言っていいと言ったら、ほんまに言うわ、言うわ。学校が忙しいの、教師が信頼されてないの、もっときちんと仕事さしてくれとか、いろいろ言ったんです。それに対して中山大臣はどうおっしゃったかというと、あなたたちのお気持ちは大変よく分かりました、健康とそれから家族を大切にされて今の実践を続けてくださいとおっしゃったんですね。私は救われましたね、あれで。やはりトップとそれから現場がこのようにストレートにつながる、これが物すごく大きかったと思いますね。
 そういう点で、スクールミーティングというのは物すごい地味な実践かもしれません、文科省からすれば。しかし、私としては非常に有り難かった。忙しいかもしれませんけれども、何年かに1回はああいうことをしていただくと大変有り難いなというふうに思います。
 そして、今、そうだ、やれば報われるんだということが分かった今、職員はもう喜々としてやってくれています。ですから、漢字検定挑戦するときには、合格率90%いこうねと言ったら、もうそれだけです。後はもう全部先生方で話合いをしてお膳立てをして、私は中教審の方に行くことが多かったので現場を見ることがなかなかできなかったんですけれども、本当に先生方頑張ってもらったということです。
 ついでにもう一つだけちょっとお願いするのならば、この実践を広げていくときに、各学校やっぱり平等にという考え方があるわけなんですよ、教育委員会からすると。そうすると、やっぱり土堂が目立っているからその土堂の実践を隣の学校に広げるというふうなことになった場合に、やはり今まで教師のやってきた実践に対するメンツというものがあるわけですね。だから、ここがなかなか難しいんですよ。私は隣の学校へ行くのも年休で行っていました。土日に講演会へ行く、これも、当然休みですから、結局休日が全くなしになっちゃって、ちょっと健康の方がもうデッドロックに乗り上げたような形で転職をするということになったわけなんですけれども、私は、ここは大胆に、実績のあったところはきちんと評価をするということに徹していただくということが最も今重要かなと思います。

水岡 俊一・議員
 ありがとうございました。
 そういった指導をなされる中で、今、義務教育費国庫負担制度、非常に苦しい状況にありますよね。特に今年は、行政改革推進法案が出てくるという中において、教職員の数をもっと減らせという、こういった動きが出てくるわけですね。今、現場の学校を担当されていて、教職員の数を減らす方向がこれから出てくることにどういうふうな懸念を持たれているのか、先生のお立場からお聞かせをいただきたいと思います。

参考人・陰山 英男・広島県尾道市立土堂小学校長
 公務員という立場ですから、法案等に対する賛成、反対という立場は保留させていただきますが、現場としては、今、より多くの教職員必要としています。
 なぜか。情報教育やります。そうすると、パソコンの今までやってこなかった人がパソコンを使うことになります。英語教育が始まるということが報道されました。英語の免許を取った人間は小学校現場にはほとんどいません。そうした新しい教育が提起される中で、それが重要とされるのならば、それに必要な人員が手配されるというのは自然なことだろうというふうに考えております。

水岡 俊一・議員
 ありがとうございました。
 それでは、穂坂参考人にお伺いをしたいというふうに思います。
 参考人は、著書の中で、日本は人材が唯一の資源と言うぐらいであるならもっとお金を出せと、こういうふうにお書きになっている。今現在、教育予算全体を見れば、GDP比にして3.5%というOECD各国の中でも極めて低い数値を示している日本の実態だと私は思うんですね。まあGDP比がすべてだと私は思いませんが、しかしながら恐らくもっともっとお金をというふうにお考えをいただいている中で、参考人としてはどの分野に特にお金の、資本の投下をするべきだというふうにお考えをなさっているのか、お聞かせをいただきたいと思います。お願いします。

参考人・穂坂 邦夫・NPO法人地方自立政策研究所理事長
 たった一つだと思うんです。先生を増やすことが一番いいと思うんです。
 例えば、私どもが、校長先生の裁量権を高くするのに学校魅力化事業というのをやりました。うちはお金がありませんから、1校200万とか300万と。もうどこも全部、補助教員の先生を頼んじゃったり、人に全部使っちゃうわけです。やっぱり事務職だってもっと欲しいという声ありますね。でも、やっぱり先生方まじめですから、それでも事務の方は自分たちで何とかカバーして、我慢して、やっぱり子どもたちと接する補助教員にみんな行っちゃうんです。
 ですから、私は、まあGDP比の比率というのはなかなか難しい、先生おっしゃるように難しいと思うんです。ただ、やっぱりこれからどこに重点的にやるかというと、私はもっともっと人を増やすべきだと。減らすところはやっぱり減らすべきだと思うんですよ。ただし、教育は、もうこれはやっぱり現場ですよ。ですから、むしろほかを減らしてもいいから学校はやっぱり先生方を増やすべきだ、もうそれ一点だというふうに思っています。

水岡 俊一・議員
 穂坂さんは25人程度学級というのを主張されて、随分御苦労なさってその実現をされたわけですが、実は私、中学校でありましたが、新任で赴任をしたときに25人のクラスでした。新人で非常に緊張する中で、クラスの前に立って、25人というのは非常に有り難かったです。あれが40人の子どもたちがいたとしたら、私は目が行き届かなかったなというふうに振り返って思うところであります。
 今全国的には30人学級であるとか35人学級であるとか、これを試験的にやりましょうとか、いろいろ特区の中で御苦労されているところもありますが、穂坂参考人のお立場として、全国に25人程度学級をどんどんと進めたいというふうなお立場の中で、特にアピールをしたいということがあれば、この場で一言聞かしていただきたいと思うんですが。

参考人・穂坂 ・NPO法人地方自立政策研究所理事長
 お答えをするわけですが、うちでも25人程度学級やった後に、私は検証が絶対必要だと。ということで、大変有り難いことに、全国のたしか64ぐらいの大学で、80人ぐらいの先生方が参加していただいて、ここで本が出るようです。東大の、たしか中教審のやっている小川先生とか、鳥取大学の渡部先生ですか、多分新刊で出るようですが、志木市の検証という形で。そのときに、やっぱり低学年は25人程度がいいだろう。中学年、これは28人程度、小学校ですね。5、6年生は30人ぐらいがいいのかなというような検証をしていただいているようです。
 ですから、もちろん成長度合いによってクラスサイズというのはある程度変化があると思います。ただ、いかにも頭から40人は、これ、普通の国へ行ってみれば分かると思うんですが、科目によっちゃ別ですよ、例えば余り少な過ぎるために、もっとやっぱり多い方がいいという授業いろいろありますよね。でも、一般的にやっぱり低学年についてもう完全に、私は幼稚園の園長をやりましたけど、幼児から児童に変わったってそんなにころっと変わるわけはありませんので、ある意味では、小1、さっき先生からも出たプロブレムなんということがその延長として出るということもありますね。
 ですから、私は是非、ほかの部門は削っても、こんなこと言っちゃ失礼ですが、徹底的に合理化なり削減はもうやらざるを得ないと思うんですね。しかし、やっぱり教育というのは唯一もうマンパワーですよ。ですから、そういうものについてはやっぱりしっかり、将来の、10年、20年、30年の日本の将来を見たときに、是非そこにはたくさんお金を掛けていただいた方がいい、そう思います。是非お願いしたいと思います。

水岡 俊一・議員
 ありがとうございました。
 それでは、吉田参考人にお伺いをしたいんですが、先ほどの質問とダブるわけですが、日本の教育予算を増やすべきだというふうに私は考えるところでありますが、吉田参考人はグローバルな視点から見て各国の事情も御存じだと思いますので、そういった意味からすると、教育予算を増やすとすればどういった点に重点を置くべきか、あるいはそれは世界のバランスからいってどうだというようなお考えがあればお聞かせをいただきたいんですが。お願いします。

参考人・吉田和男・京都大学大学院経済学研究科教授
 財政学をやっている立場と教育者としての立場というのとなかなか矛盾するわけでありまして、現在の財政状況、これはサステーナブルでないというのはもうほとんどの人が認めているところでありますし、日本の国民がどうぞ御自由に消費税上げてくださいという状況にもないというのも事実であるわけです。
 ですから、全体の歳出はカットしていかなきゃいけないと。日本21世紀ビジョンでも、今の小泉内閣の削減のペースを続けていって、なおかつ社会保障制度を維持しようとすれば消費税率を上げなきゃいけない、プライマリーバランス回復するためにも上げなきゃいけないと。あのビジョンの中で私の試算ということで書かれているわけですが、10%アルファというふうな消費税、これは小泉内閣という、その極めて予算削減の姿勢をずっと続けていっているということになるわけですね。
 ですから、その中で教育予算というのをどういうふうに考えていくかという必要があるかと思います。
 一つは、やはり効率化といいますか、小学校、中学校あるいは高校の教育現場でどの程度の効率化が可能かというのはちょっと見ておりませんので分かりませんが、可能な限り効率化。さらに、民間でよく行われているところの、まあ民間の協力、それから民間へのアウトソーシング等ですね、そういったものが可能なものがないか。給食なんかが典型例になってくると思うんですが、そういった効率化をどう進めていくかということを前提にして、教育の質とそれから量というものを確保、まあ量といいますか、質を確保していくことは不可欠だと思います。
 しかし、実態として、人口が減少していって、1人当たりの生徒に対する経費がやっぱり1.何倍かになっているわけですね、今ちょっと数字がないんであれですが。やはりそれは何とか改善していく必要があると思います。
 それから、高等教育に関しましては、今度、我田引水でありますが、高等教育はやはり投資であって、国際競争力を付ける基本でありますから、またよろしくお願いします。陳情になってしまいますが、よろしくお願いいたします。

水岡 俊一・議員
 それでは、最後にもう一度陰山参考人にお願いをしたいと思います。
 教職員のモチベーションを高めるためにはどんなことが必要だと思われますか。そのことについて、一言だけお願いいたします。

参考人・陰山・広島県尾道市立土堂小学校長
 先ほど申し上げましたけれども、やはり周囲の人たちが教師を信頼するという方向に動いていってもらうということなんですね。その中で、今、先ほど申し上げましたように、教師の信頼を損なうような力が強いということを申し上げましたが、その最も主要な問題は、実はその事実が全然認識をされていないということです。
 例えば、今日はちょうど持ってまいりました、これは私の子どもが昨年まで使っていました中学校の地理の教科書です。(資料提示)この地理の教科書で、今国際化の時代ですけれども、世界の国々は何か国扱ってあるか御存じでしょうか。何かこの参議院の文教常任委員会に来て、ここで変な答え出てきたら私もちょっと凍り付いてしまうんですけれども、実はこれ、3ヵ国なんです。──えって、文教の委員の方々が知らないというんで、ちょっとそれも問題なような気もするんですけど、三ヵ国です。それで、アメリカと、それからアジア代表で、中国でもインドでもなくてマレーシアが紹介されています。そして、ヨーロッパの代表でフランスです。
 フランスの文章がどのように始まっているか、読んでみますからお聞きください。
 国の特色を調べよう みきさんは、おいしいフランスパンとカマンベールチーズを食べたことがきっかけで、生産国のフランスに興味を持ちました。みきさんは、さっそく地図帳を開いて、フランスの位置や面積、人口を日本と比べながら見てみました。すると、面積は日本よりやや大きく、人口は日本の約2分の1で、首都のパリは、北海道より高緯度に位置していることなどがわかりました。
 これが説明ですね。次のページが「身近にあるフランス文化」。フランス文化の説明がどう書かれているか、聞いてくださいね。
  けんたさんは、フランスについて知るために、フランスの文化が世界に広まっていることに注目することにしました。そこで、身の回りにあるフランスの文化を百科事典などで調べてみることにしました。
 ここで何が出てくると思います。エッフェル塔でしょうか、凱旋門でしょうか、モンマルトルの丘でしょうか。違うんですよ。笑ってくださいね。
  フランスでは食文化が発達し、フランス料理は、世界中に広まりました。日本のレストランでもフランス語がよく使われています。「スープ」や「デザート」は、英語になったフランス語です。
 これがフランスの文化の説明です。これ、フランス人が見たら怒るんじゃないですかね、本当に。もちろんそれだけの説明です。あと、フランスを代表する人としてカトリーヌ・ドヌーブの写真があったりとか。私は思わずこの教科書を壁にぶつけましたね、本当に。というようなことがあるわけであります。
 昨年の3月ですか、イラン、イラクの国の位置を知らない高校生、大学生が半分もいるということで、これが学力低下の象徴のように言われました。あれは逆なんですね。全然教えてもいないのに半分も高校生、大学生が知っているという話なんです。だから、お利口ねという話なんですよ。ばかは誰だというんですね。そのことを知らずに報道しているあなたたちでしょうと実は私は言いたいわけですね。
 それからもう一つ、今、教育基本法の問題もありますけれども、実はこの中で、日本の都道府県名というのがほとんど教えられていません。今、小学校では都道府県、全然教えられていません。それから、中学校で3県やります。今は高校へ行くと地理はもう必修で外されていることになりますから、外国のことにしても日本の国のことにしても知らないわけであります。
 私、昨年の夏にある国立大学の教育学部へ行って、富士山の位置をきちんと説明する自信のない人って手を挙げてもらったんですね。100人ぐらいの中で10数名が手を挙げました。つまり、富士山の位置の分からない国立大学の教育学部生が10数%いるということなんです。これからは教員不足になりますから、彼らのほぼ全員が教壇に立ちます。私が教員養成を急げと言っているのはこういうところに理由があります。
 今、中教審の教育課程部会では、都道府県名ぐらいは基礎、基本として小学校段階で今きちんと教えるということをやっていますから。今度入ってくる新任教員というのは知らないんですね。しかも、もう一つ重要なのは、この指導要領の改訂というのは2002年の改訂からこうなったんじゃないんです。1992年の指導要領の改訂からそうなっているんですね。ですから、今後10年間、入ってくる新任教員はすべてこの地理の授業を受けていません。それらが全体の3分の1を10年後占めることになるわけなんですね。
 そういう点からも、その教員養成の問題は喫緊の課題になっているわけなんですけれども、こういうことがほとんど話題にされてないということ自体が、いわゆるみんなの心配していることと現場の実態とが余りにも極端に乖離をしてしまっているということなんです。これが我々学校現場の非常なる苦しみであるということを申し上げておきたいと思います。


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